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もうじやのたわむれ 287 [もうじやのたわむれ 10 創作]

「まあ、亡者生理の研究に些かなりとも私が役に立つと云うのであれば、それは喜んで聞きとり調査でも焼き鳥調査でも何でも受ける用意はありますがね」
「焼き鳥調査、なんと云う一杯飲み屋の売れ筋商品調査みたいな調査はないがのう」
 閻魔大王官は拙生の駄洒落に真面目な顔でそう返すのでありました。
「ところで、娑婆とこちらの世の時間の流れの差についてですが、・・・」
 拙生は質問の本筋に話しを戻すのでありました。「こちらの世は向うに比べて、時間が二倍の速度とかで流れているのでしょうか?」
「まあそうらしいのう。これはワシが直に体験とか検証した事ではないのじゃが、そう云う風になっておるらしいのう。具体的に二倍とか三倍とか、速度比較はよう知らんのじゃが、しかしこちらの方が向うよりせかせかと、時間が経過しておる事は確かのようじゃよ」
「平均寿命の差なんかを鑑みると、こちらは十倍くらい早く流れているのでしょうかね?」
「いや、そんなに早くはないらしいぞい。しかしこの時間差につけこんで、準娑婆省の連中なんぞは娑婆に色んな悪さを仕かけたりするようじゃのう。ヤツ等の常套手段じゃよ」
「確かに時間差を利用出来れば、ちょっかいを出すのに好都合かも知れませんね」
「ま、兎に角、時間の流れに関してはそう云う風になっとるようじゃ」
「判りました。そう云う風になっとるわけですね」
 拙生は閻魔大王官の口調を真似るのでありました。
「うん、そう云う風になっとる」
 閻魔大王官は別に拙生が口調を真似た事には何も頓着せずに、また同じ言葉を繰り返してニタニタと笑っているのでありました。
「それと、これはあんまり拘る必要はない事なのかも知れませんが、先程、宿泊施設でチェックアウトする前に、フロントの脇のデスクに居るコンシェルジュに、三日間色々お世話になりましたと挨拶した折、私が言葉のはずみからその後に、また機会があったら宜しくお願いしますと云おうとして、いや、再びお世話になる事はないかと笑ったら、まあ、万々が一、何か考えもつかない事情でまたお世話させて頂く事もないこともないかも知れませんが、普通はこれにてもうお目にかかる事はないでしょう、なんと返されましてね」
「ほう、そうかいの」
「で、ちょっと気になって、その、万々が一の事情と云うのはどう云う事かと訊ねると、コンシェルジュにはそれは冗談ですよと笑って躱されたと云う按配で」
「ほう、ほう、ほう」
「まあ、そのあしらい方が気になったものの、私はそれ以上食い下がらなかったのですが、万々が一、再び私があの宿泊施設に泊まる事なんて、起こり得ないですよねえ?」
「それは当然ないわいの。お手前はこの審理の後は生まれ変わり準備室に行って、そこで魂魄になって仕舞うのじゃからのう」
 閻魔大王官は巻物を車のワイパーのように横にふるのでありました。しかし後ろに立っている補佐官筆頭が、微かに身じろぎした気配を感じたので、そちらに目線を移すと、補佐官筆頭は瞑目して眉間に皺を寄せて、首を横にふっているのでありました。
(続)
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