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もうじやのたわむれ 226 [もうじやのたわむれ 8 創作]

 寄席の六道辻亭は、昼席だと云うのに大入りの盛況でありました。先ず前座の落語家が出てきて一席、客のご機嫌を伺い、その後二つ目が続き、年期の順に真打ちが何霊か登場してそれから大師匠のトリとなるのは、娑婆の寄席と同じ仕来たりなのでありました。合間に曲芸や手品、それに漫才漫談、紙切りとか講談とかモノマネの芸が入るのも娑婆と同様であります。めくりも置いてあるし、太鼓と三味線と笛の出囃子も鳴るのでありました。
 噺家はちゃんと和服に羽織を着て、角帯を貝結びに締めて、中には袴を着用している霊もあるのでありました。座布団を裏返したりめくりを捲ったりと、高座で前座が忙しく立ち働いている姿も、娑婆の新宿末広亭や浅草演芸ホールなんかでよく見た光景であります。
 噺家や色ものの芸人さん、いや芸霊さん、若しくは芸鬼さんは、娑婆とすっかり同じ名前の芸霊さん芸鬼さんもいるのでしたが、こちらで初めて聞く名前もあるのでありました。向うの世で落語家だった人がこちらに生まれ変わって、向こうと同じ芸名を名乗る場合もあれば、こちらで師匠からつけて貰った芸名を名乗る噺家もあるのでありましょう。
 娑婆で代々受け継がれたお馴染の名前が出てきたかと思えば、恐らくこちらの世にしかないであろう、位牌亭戒名、とか、座棺家寝棺、とか、敵味方合葬、なんと云う名前の落語家、それから、三途川渡、と云う名前の手品師、浮世亭彼岸・此岸、と云う漫才コンビ等が、入れ替わり立ち替わり出てくるのでありました。それに父親が地獄省の大旅館地方出身で、母親の方が邪馬台郡の霊だと云うエキゾチックな顔をした、墓石家カロート、なんと云う名前の紙切りの芸霊もいるのでありました。多士済々と云うのか、何と云うのか。
 領有軒尖閣・釣魚、なんと云う、娑婆の日本人と中国人風の服装のドツキ漫才コンビが出てきた時には、拙生は思わず椅子から落ちそうになりました。確かにタイムリーではありますが、思わず頭を抱えこんで仕舞う程デリカシーに欠けた名前の漫才コンビであります。しかし尤も、こちらでは別にタイムリーでも不謹慎でもない名前かも知れませんが。
 娑婆でお馴染だった名前の芸霊が出てきて、その霊が間違いなく娑婆でその名前を名乗っていた当人の生まれ変わりであるとしても、当然ながら娑婆時代とは似ても似つかない顔や体つきになっているから、見ていて何となく臍の裏がざわざわとするような、妙な落ち着かなさを覚えるのでありました。まあむこうの世で、先代師匠のファンだった場合、新しくその名前を継いだ新師匠に、何となく馴染めないと云う感覚と同じでありますかな。
 いや寧ろ風体も芸風も何もかもすっかり違っているくせに、娑婆と同じ芸名を名乗られると、当然その芸霊が悪いわけではないのですが、拙生としては何となく、悪く云えば偽モノを観せられているような気分も少しするのでありました。それなりに確かに芸風も確立されているし、噺ぶりも落ち着いていて熟れてはいるし、娑婆時代とはまた違う味わいもありはするのでありますが、しかし矢張り拙生には何か納得がいかないのでありました。
 そんなこんなを考えながら高座を観ているものだから、こちらの世の寄席見物が、思ったよりは面白くはないのでありました。矢張り寄席見物は、こちらの世に生まれ変わった後に楽しむもののようであります。憖じい亡者状態の、娑婆っ気を引き摺った儘の感覚では、何かと向うとこちらの個性を比較して、批判的な思考が働いて仕舞って、面白さも半減であります。これは実際こうして寄席に来るまで、考えもしなかった事でありました。
(続)
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