もうじやのたわむれ 196 [もうじやのたわむれ 7 創作]
「貴方達、何を揉めているのでーすか?」
イタリア人風のコックがピザを持って現れるのでありました。
「また油臭えのが一匹現れやがったな」
和装の板前が江戸っ子口調で、中国人風の料理夫への憤怒が冷め遣らぬ儘に、イタリア人風のコックに敵意のある視線を向けながら悪態をつくのでありました。
「まあまあまあ、そう興奮しないでくださーい。折角の料理が不味くなりまーす」
娑婆のイタリア人風のコックが穏やかな笑みを浮かべて窘めるのでありました。「第一、この亡者のお客様の面前で、無神経千万ではありましぇーんか」
イタリア人風のコックが親指で拙生を差すのでありました。
「おっと、それはそうに違えねえや」
「アイヤー、その通りあるね」
和装の板前と娑婆の中国人風の料理夫が恥入るような表情をして、互いの顔を見るのでありました。それから拙生の方をばつの悪そうな上目で窺うのでありました。
「料理が出てくる傍から、私がどんどん自分のテーブルに運べば良かったのですよね。私が至らないばかりに、とんだ紛争を招来させて仕舞いました」
拙生はそう云って軽く頭を下げるのでありました。
「いやいや旦那、それはいけませんぜ」
「大人対不起足下低頭万万不可」
「貴殿には何の落ち度もありましぇーん」
夫々がたじろいで同時にそう云って掌を横に何度もふるのでありました。
「では早速料理を私のテーブルに運ぶとしましょうかな。どうも有難うございました。多謝多謝。グラッチェグラッチェ」
拙生はそう云ってお辞儀をして、調理カウンターの料理を何度か往復しながら自分のテーブルに運ぶのでありました。拙生が総てを運び終わるまで、件の板前と料理夫とコックがカウンターの後ろに立って、最後まで見送ってくれるのでありました。
しかしまあ、随分と豪勢に並べたものであります。拙生は自分の席に戻って、前に並んだ料理や飲み物の種類と量に呆れかえるのでありました。しかも和洋中華手当たり次第といった具合で、何とも統一感も品もあったものじゃない大棚揃えであります。
いくら只で、満腹する事がないからとは云っても、さもしい了見でこんなに運んでくる事はないのであります。しかもディナーではなく朝食だというのに。
とは云いつつも拙生はテーブルの上の料理を、片っ端から腹につめこむのでありました。成程、料理の味に関しては堪能できるし、幾ら腹に入れても一向に満腹の気配もないのでありました。一向に満腹しないと云うのは幸なりや不幸なりやと、食いながら頭の端でちらと考えるのでありましたが、ま、そんな事はどうでもいいやと結論するのでありました。
質量のない体の拙生が質量のあるこの料理を食うと云う事は、いったいどう云う事態なのであろうかと云う事も、食いながら考えるのでありました。しかしこの疑問も、億劫だったので、後で閻魔大王官にでも聞けば良いかと頭皮の外に投げ遣るのでありました。
(続)
イタリア人風のコックがピザを持って現れるのでありました。
「また油臭えのが一匹現れやがったな」
和装の板前が江戸っ子口調で、中国人風の料理夫への憤怒が冷め遣らぬ儘に、イタリア人風のコックに敵意のある視線を向けながら悪態をつくのでありました。
「まあまあまあ、そう興奮しないでくださーい。折角の料理が不味くなりまーす」
娑婆のイタリア人風のコックが穏やかな笑みを浮かべて窘めるのでありました。「第一、この亡者のお客様の面前で、無神経千万ではありましぇーんか」
イタリア人風のコックが親指で拙生を差すのでありました。
「おっと、それはそうに違えねえや」
「アイヤー、その通りあるね」
和装の板前と娑婆の中国人風の料理夫が恥入るような表情をして、互いの顔を見るのでありました。それから拙生の方をばつの悪そうな上目で窺うのでありました。
「料理が出てくる傍から、私がどんどん自分のテーブルに運べば良かったのですよね。私が至らないばかりに、とんだ紛争を招来させて仕舞いました」
拙生はそう云って軽く頭を下げるのでありました。
「いやいや旦那、それはいけませんぜ」
「大人対不起足下低頭万万不可」
「貴殿には何の落ち度もありましぇーん」
夫々がたじろいで同時にそう云って掌を横に何度もふるのでありました。
「では早速料理を私のテーブルに運ぶとしましょうかな。どうも有難うございました。多謝多謝。グラッチェグラッチェ」
拙生はそう云ってお辞儀をして、調理カウンターの料理を何度か往復しながら自分のテーブルに運ぶのでありました。拙生が総てを運び終わるまで、件の板前と料理夫とコックがカウンターの後ろに立って、最後まで見送ってくれるのでありました。
しかしまあ、随分と豪勢に並べたものであります。拙生は自分の席に戻って、前に並んだ料理や飲み物の種類と量に呆れかえるのでありました。しかも和洋中華手当たり次第といった具合で、何とも統一感も品もあったものじゃない大棚揃えであります。
いくら只で、満腹する事がないからとは云っても、さもしい了見でこんなに運んでくる事はないのであります。しかもディナーではなく朝食だというのに。
とは云いつつも拙生はテーブルの上の料理を、片っ端から腹につめこむのでありました。成程、料理の味に関しては堪能できるし、幾ら腹に入れても一向に満腹の気配もないのでありました。一向に満腹しないと云うのは幸なりや不幸なりやと、食いながら頭の端でちらと考えるのでありましたが、ま、そんな事はどうでもいいやと結論するのでありました。
質量のない体の拙生が質量のあるこの料理を食うと云う事は、いったいどう云う事態なのであろうかと云う事も、食いながら考えるのでありました。しかしこの疑問も、億劫だったので、後で閻魔大王官にでも聞けば良いかと頭皮の外に投げ遣るのでありました。
(続)
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