もうじやのたわむれ 149 [もうじやのたわむれ 5 創作]
「では街中の散歩に出かけましょうかな」
男の横に立って拙生がソファーに座る気配を見せずに云うと、男は頷いてすぐに立ち上がるのでありました。立ち上がってみると男は意外に背が高いのでありました。拙生の頭頂よりは五センチ程上に男の頭頂があるのであります。少し痩せ気味で顔も小さく手足が短いので、座っていた時にはその身長を想像出来なかったのでありましょうか。
「この宿泊施設から外に出るなんと云う事は思いもしなかったし、端から出来ると考えてもいなかったので、いざこれから外出するとなると、なんかワクワクしてきましたよ」
男は少々大袈裟と思えるような、さも嬉しそうな表情をして見せるのでありました。
「一応娑婆のホテルみたいな施設のようですから、外出時には部屋の鍵はフロントに預けておくべきなのでしょうね?」
拙生が男に聞くのでありました。
「ああそうでしょうね屹度」
男が頷いたので拙生はフロントの方に向かうのでありました。男は拙生の少し後ろを同じ歩幅でついてくるのでありました。
フロントカウンターの中の、黒いスーツ姿の、顔に愛嬌のある若い女のスタッフが拙生等が近づくのを認めて、僅かにお辞儀をした後に直立して待ち受けるのでありました。
「ちょっと外出してこようと思うのですが、鍵を預けておくべきかと思って」
拙生はカウンターの中の女に向かって云うのでありました。
「恐縮でございます。お預かりいたします」
スタッフの女はそう愛想良く云って、腰を屈めて鍵を受け取るために両手を重ねて前に差しだすのでありました。拙生は女の掌の上に部屋の鍵を載せるのでありました。
「私のもお願いします」
拙生の横に立った男が自分の部屋の鍵を差しだすのでありました。
「畏まりました。お預かりいたします」
女は同じように腰を屈めるのでありました。預った鍵を後ろにある大きな鍵棚に収めると、女はすぐに我々の前に戻って、部屋番号の書いてある丸くて小さなプラスチック片を夫々渡してくれるのでありました。三三三三と線彫してあるプラスチック片を確認して、拙生はそれを上着の内ポケットに仕舞うのでありました。男も拙生に倣うのでありました。
「この近辺の散歩をしたいのですが、どこかお勧めの見所なんというのはありますかね?」
拙生はフロントカウンターの中の女に問うのでありました。
「全くの観光なのでしょうか、それとも世情視察みたいなご目的なのでしょうか?」
「ま、どちらかと云うと後者でしょうかな」
「でしたらこのカウンター横にコンシェルジュがおりますから、世情視察と仰っていただければ、そのご目的に沿ったルート等を懇切丁寧にご案内いたしますが」
女はコンシェルジュがいる方を掌で指し示すのでありました。
「あ、そうですか。ではちょっと相談させてい貰いましょうかな」
拙生が云うと、女は深々と拙生等に律義に一礼するのでありました。
(続)
男の横に立って拙生がソファーに座る気配を見せずに云うと、男は頷いてすぐに立ち上がるのでありました。立ち上がってみると男は意外に背が高いのでありました。拙生の頭頂よりは五センチ程上に男の頭頂があるのであります。少し痩せ気味で顔も小さく手足が短いので、座っていた時にはその身長を想像出来なかったのでありましょうか。
「この宿泊施設から外に出るなんと云う事は思いもしなかったし、端から出来ると考えてもいなかったので、いざこれから外出するとなると、なんかワクワクしてきましたよ」
男は少々大袈裟と思えるような、さも嬉しそうな表情をして見せるのでありました。
「一応娑婆のホテルみたいな施設のようですから、外出時には部屋の鍵はフロントに預けておくべきなのでしょうね?」
拙生が男に聞くのでありました。
「ああそうでしょうね屹度」
男が頷いたので拙生はフロントの方に向かうのでありました。男は拙生の少し後ろを同じ歩幅でついてくるのでありました。
フロントカウンターの中の、黒いスーツ姿の、顔に愛嬌のある若い女のスタッフが拙生等が近づくのを認めて、僅かにお辞儀をした後に直立して待ち受けるのでありました。
「ちょっと外出してこようと思うのですが、鍵を預けておくべきかと思って」
拙生はカウンターの中の女に向かって云うのでありました。
「恐縮でございます。お預かりいたします」
スタッフの女はそう愛想良く云って、腰を屈めて鍵を受け取るために両手を重ねて前に差しだすのでありました。拙生は女の掌の上に部屋の鍵を載せるのでありました。
「私のもお願いします」
拙生の横に立った男が自分の部屋の鍵を差しだすのでありました。
「畏まりました。お預かりいたします」
女は同じように腰を屈めるのでありました。預った鍵を後ろにある大きな鍵棚に収めると、女はすぐに我々の前に戻って、部屋番号の書いてある丸くて小さなプラスチック片を夫々渡してくれるのでありました。三三三三と線彫してあるプラスチック片を確認して、拙生はそれを上着の内ポケットに仕舞うのでありました。男も拙生に倣うのでありました。
「この近辺の散歩をしたいのですが、どこかお勧めの見所なんというのはありますかね?」
拙生はフロントカウンターの中の女に問うのでありました。
「全くの観光なのでしょうか、それとも世情視察みたいなご目的なのでしょうか?」
「ま、どちらかと云うと後者でしょうかな」
「でしたらこのカウンター横にコンシェルジュがおりますから、世情視察と仰っていただければ、そのご目的に沿ったルート等を懇切丁寧にご案内いたしますが」
女はコンシェルジュがいる方を掌で指し示すのでありました。
「あ、そうですか。ではちょっと相談させてい貰いましょうかな」
拙生が云うと、女は深々と拙生等に律義に一礼するのでありました。
(続)
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