もうじやのたわむれ 148 [もうじやのたわむれ 5 創作]
「何を仰いますやら。実に心丈夫ですよ。ではどうでしょう、これから私はちょっと自分の部屋の方を見てきますから、今から二十分後にここで待ちあわせと云う事では?」
拙生はフロントの上にある大きな壁時計を見ながら提案するのでありました。
「はい、ようがす。お待ちしております」
男は笑顔で頷くのでありました。
「ではそう云う事で、後程」
拙生はソファーから立ち上がるのでありました。
男を噴水のロビーのソファーに残して、拙生はエレベーターホールと書いてある、高い天井からぶら下がった矢印つきの案内板に従って、フロント横の一角に向かうのでありました。拙生が前を通り過ぎる時に、フロントのカウンターの中で立ち働いている宿泊施設のスタッフと思しき小奇麗な身なり数名の男女が、銘々拙生に丁寧で落ち着いた目礼をよこすのでありました。娑婆の格式あるホテル並みに躾けの行き届いた宿泊施設であります。
エレベーターは五基づつが広いホールを挟んで、向かいあって十基もあるのでありました。その内の一基の横の、上向きの印のボタンを適当に押して待つ事数秒、エレベーター到着のチンと云う音が聞こえて、扉上の赤い指示灯が点滅するのでありました。
拙生は三十三階まで上がってエレベーターを降りると、ホールの壁に嵌めてある部屋案内のプレートを見て、あてがわれた三三三三号室への順路をしっかり確認すると、フカフカの赤い絨毯の敷かれた広い長い直線の廊下を部屋まで進むのでありました。客室の扉の並ぶ廊下は至って静かで、部屋に到着するまで誰とも往きあわないのでありました。
鍵を回して部屋に入って照明のスイッチを入れると、短い廊下に先ずクローゼットがあって、そのまた先横にあるドアを押し開けると洗面所とトイレ、奥にはバスが設えられているのでありました。部屋は十畳程の洋室で、入ってすぐの処に小さな冷蔵庫とミニバーがあって、右手の壁際にセミダブルベッド、左手に木製のシックな衣装箪笥と大きな鏡の取りつけてある化粧台、最奥の窓前には二人がけの白い布張りのソファーが置いてあるのでありました。最奥は壁一面がそっくり窓になっていて、臙脂色のカーテンを引き開けると先程補佐官筆頭が云っていた、三途の川の絶景が広く遠くまで見渡せるのでありました。
照明は床置き式で、明る過ぎもせず暗ら過ぎもせず、落ち着いた雰囲気であります。ま、リゾートホテルの中程度の客室と云った体裁でありましょうか。ここで亡者はこちらの世での生まれ変わり地をリラックスしながら、あれこれ思い悩むと云う按配であります。
おっと、下に街歩きブラブラ散歩の同行者を待たせているのでありましたから、ゆっくりこの部屋に落ち着いてもいられないのでありました。拙生は化粧台の上に置いた鍵をまた取ると、やや急ぎ足に部屋を出て施錠して、来た順路を引き返すのでありました。
階下の噴水のあるロビーに戻ると、先程と同じソファーに男は行儀よく座って、拙生が現れるのを待っているのでありました。
「どうもお待たせいたしました」
拙生は背後から声をかけながら、ふり返った男に片手を上げて見せるのでありました。男も座った儘後ろに体を捩じって、拙生に手を上げて大袈裟に愛想をするのでありました。
(続)
拙生はフロントの上にある大きな壁時計を見ながら提案するのでありました。
「はい、ようがす。お待ちしております」
男は笑顔で頷くのでありました。
「ではそう云う事で、後程」
拙生はソファーから立ち上がるのでありました。
男を噴水のロビーのソファーに残して、拙生はエレベーターホールと書いてある、高い天井からぶら下がった矢印つきの案内板に従って、フロント横の一角に向かうのでありました。拙生が前を通り過ぎる時に、フロントのカウンターの中で立ち働いている宿泊施設のスタッフと思しき小奇麗な身なり数名の男女が、銘々拙生に丁寧で落ち着いた目礼をよこすのでありました。娑婆の格式あるホテル並みに躾けの行き届いた宿泊施設であります。
エレベーターは五基づつが広いホールを挟んで、向かいあって十基もあるのでありました。その内の一基の横の、上向きの印のボタンを適当に押して待つ事数秒、エレベーター到着のチンと云う音が聞こえて、扉上の赤い指示灯が点滅するのでありました。
拙生は三十三階まで上がってエレベーターを降りると、ホールの壁に嵌めてある部屋案内のプレートを見て、あてがわれた三三三三号室への順路をしっかり確認すると、フカフカの赤い絨毯の敷かれた広い長い直線の廊下を部屋まで進むのでありました。客室の扉の並ぶ廊下は至って静かで、部屋に到着するまで誰とも往きあわないのでありました。
鍵を回して部屋に入って照明のスイッチを入れると、短い廊下に先ずクローゼットがあって、そのまた先横にあるドアを押し開けると洗面所とトイレ、奥にはバスが設えられているのでありました。部屋は十畳程の洋室で、入ってすぐの処に小さな冷蔵庫とミニバーがあって、右手の壁際にセミダブルベッド、左手に木製のシックな衣装箪笥と大きな鏡の取りつけてある化粧台、最奥の窓前には二人がけの白い布張りのソファーが置いてあるのでありました。最奥は壁一面がそっくり窓になっていて、臙脂色のカーテンを引き開けると先程補佐官筆頭が云っていた、三途の川の絶景が広く遠くまで見渡せるのでありました。
照明は床置き式で、明る過ぎもせず暗ら過ぎもせず、落ち着いた雰囲気であります。ま、リゾートホテルの中程度の客室と云った体裁でありましょうか。ここで亡者はこちらの世での生まれ変わり地をリラックスしながら、あれこれ思い悩むと云う按配であります。
おっと、下に街歩きブラブラ散歩の同行者を待たせているのでありましたから、ゆっくりこの部屋に落ち着いてもいられないのでありました。拙生は化粧台の上に置いた鍵をまた取ると、やや急ぎ足に部屋を出て施錠して、来た順路を引き返すのでありました。
階下の噴水のあるロビーに戻ると、先程と同じソファーに男は行儀よく座って、拙生が現れるのを待っているのでありました。
「どうもお待たせいたしました」
拙生は背後から声をかけながら、ふり返った男に片手を上げて見せるのでありました。男も座った儘後ろに体を捩じって、拙生に手を上げて大袈裟に愛想をするのでありました。
(続)
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