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もうじやのたわむれ 95 [もうじやのたわむれ 4 創作]

 拙生はお辞儀をしながら手招きに誘われて部屋の奥に進むのでありました。
「いやいや、ようお出でになりましたのう」
 閻魔大王官はそう云って、未だ手招きを拙生に送っているのでありました。「お手前もこっちに来た早々から、やれ審問だ審理だと、あっちこっちうろうろさせられて気の毒な事じゃが、そう云う手続きがどうしても要るもんじゃから、ま、辛抱しておくれ」
「いやいや、どうも。・・・」
 拙生は閻魔大王官の労いに頭を下げるのでありました。
「まあ、そこの椅子にかけてゆっくりしなされ」
 閻魔大王官は拙生の立っている横の椅子を掌で示すのでありました。
「恐れ入ります。では。・・・」
 拙生は云われる儘に椅子にやんわりと尻を落とすのでありました。
 閻魔大王官は一段高い壇の上にいるので、拙生はやや見上げるようにして赤い大きな文机越しに向かいあうのでありました。
「ワシの、この胡散臭い衣装が嫌に気になるじゃろう?」
 閻魔大王官はそう云って、袖を掴んだ両手を横一杯に張って、自分の閻魔様装束を拙生にお披露目して見せるのでありました。
「いやまあ、その方が娑婆で馴染んでいた、威厳ある閻魔大王然としていらして、なんとなく気持ちの引き締まる思いなんぞいたします」
「そうかい。そう云って貰うと態々こんな重たい衣装を纏って、ここにちんまりと座っている甲斐があるというものじゃわいね。実はワシとしては、ステテコに腹巻なんと云う出で立ちの方が性にあっとるんじゃが、そんな不謹慎な服装じゃいかんと、寄って集って皆に云われるもんでな、それでこんな肩の凝る格好なんぞさせられておるんじゃ。しかしまあ、審問室でも聞いてきたと思うが、審理、なんと云っても、そんなもの形式だけの事じゃし、別にお手前を問いつめたり裁いたりする事は何もしないわけじゃから、至って気楽に、まあちょいと茶飲み話しと云う感じで、ダラっと寛いだ了見でおられて結構じゃよ」
 閻魔大王官はそう云って、口を大きく開けてガハハと笑って見せるのでありました。笑った拍子に覗かせたその歯並びが、見た目の歳の割りには綺麗に揃っていて若々しくて、拙生はこれは屹度入れ歯に違いない等と秘かに思うのでありました。
 笑う時に纏った衣装が上下に揺れるのでありましたが、その左胸の辺りに、安全ピンで止められた名札と思しきものがぶら下がっていて、拙生も同じように上下に顔を動かしながらそれを覗きこむと、香露木跳次郎、と云う名前が、右下がりの癖のある筆記体で書いてあるのでありました。お、審問官や記録官が云っていた、ミスを犯して亡者を困惑させるあの香露木閻魔大王官とはこの御仁かと、拙生はほんの少し瞠目するのでありました。
 事もあろうに、拙生の審理をするのが香露木閻魔大王官であるとは、これは何やら面白い事になってきたと、拙生は秘かにわくわくするのでありました。屹度、何かしらやらかしてくれるであろうと期待出来るわけであります。ひょっとしたら手違いから、拙生は娑婆に戻されるかも知れませんし、それならそれでも別にOKと云うものであります。
(続)
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