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もうじやのたわむれ 94 [もうじやのたわむれ 4 創作]

 待合室にはちらほらと、拙生と同じであろう閻魔大王官の審理を待つ亡者達が、長椅子にぼんやりと座って前に並んだ審理室の扉を眺めているのでありました。拙生も入口から一番手前にある長椅子に座って、その中に加わろうとするのでありました。
 亡者達は夫々離れてぽつねんと座っていて、隣同士で言葉を交わしたり、笑い声等をたてている者は一人もいないのでありました。一応、娑婆で見知っていた誰かがいないものかと、拙生は長椅子に座っている亡者達をつるっと見渡すのでありましたが、覚えのある顔はないのでありました。拙生はちょっとばかり心細くなるのでありました。
 長椅子に座って未だ退屈もしない内に拙生の名前が、天井のどこに設えられているのか判らないスピーカーからアナウンスされるのでありました。その案内の声は拙生に三十五番審理室へ入れと、丁寧な言葉使いで続けるのでありました。
 拙生よりも前にこの待合室に既にいた亡者も在ると云うのに、それを差し置いて拙生の名前が先に呼ばれるのは、些か申しわけないような気がするのでありましたが、この順番の後先は、先程退室した審問室の、担当審問官か記録官の手際に依るのでありましょうか。拙生は記録官の時折見せたきびきびした身のこなしを思い浮かべるのでありました。拙生に先を越された先着の亡者達は、別にそれで気を悪くした様子でもなく、拙生の方には全く関心を向ける事なく、相変わらず黙って行儀よく座った儘でいるのでありました。
 三十五番審理室の扉を押し開けて中に入ると、そこは前の審問室よりも五倍程も大きい部屋なのでありました。奥行きが在って、その一番奥に大昔の中国の、道服風の衣装に身を包んで、頭には「王」と書かれた、これも映画の『三国志』辺りで見た官吏の冠のようなものを被って、しかし妙に痩せて華奢な、顎に白髭を蓄えた老人が、大きな赤い文机を前にして座っているのでありました。どうやらこれが閻魔大王官のようであります。
 前の審問官や記録官が鬼のくせに背広姿だったのとは違って、こちらは如何にも娑婆でお馴染の閻魔大王然としたいでたちであります。その後ろには補佐官であろう五官が控えていて、こちらも道服に夫々違った冠を頭に載せて横並びに起立しているのでありました。
 閻魔大王官から離れて部屋のやや手前の方には、これは多分極楽省から出向してきていると云う地蔵局の役人で、こちらはごく普通の事務机を前に地味な背広姿で、但しネクタイの代わりに赤い涎かけと思しきものをして、横手の壁を背に瞑目して無表情に座っているのでありました。その背広に涎かけ姿の奇異さは、なんとなく拙生を落ち着かなくさせるのでありました。拙生はほんの少し眉根を寄せて、思わず目を背けるのでありました。
 恐らくその奇抜ないでたちは自分が極楽省地蔵局の役人である事を、ここへ入って来た我々亡者に一目で示すための装いの積りなのでありましょう。しかしその意図を納得するよりも前に、いやに的外れで胡散臭気なそのファッションセンスの方に、拙生は何とも云いようのない恥ずかしさと不愉快さなんぞを覚えたりして仕舞うのでありました。閻魔大王官の服装や後ろに並ぶ五官達の服装の方が、大時代的で大向こうウケ狙い的な傾向はあるにしろ、服装全体の統一感と云うところでは余程好感が持てると云うものであります。
 拙生が地蔵局の役人から視線を逸らすと、閻魔大王官と目があうのでありました。閻魔大王官は笑いながら拙生においでおいでをするのでありました。
(続)
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