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もうじやのたわむれ 93 [もうじやのたわむれ 4 創作]

  しかし地獄省に生まれるべきか極楽省に生まれるべきか、これは実に悩ましい問題であります。今までのこの部屋での言葉の遣り取りからすると、地獄の実態なんと云うものは、娑婆で漏れ聞いていたものとは全く違うようで、そうなると地獄に生まれてみるのもなかなか面白そうでありますし、かと云って極楽の方に生まれたいと云う、娑婆っ気の未だ抜けない未練はなんとなくありはしますし、はてさて、どうしたものでありましょうか。
 まあ、後は極楽省から派遣されてきていると云う地蔵局の役人から、極楽の事情を色々聞かせて貰うしかないのでありましょう。その上での判断であります。極楽の実態の方も、娑婆で漏れ聞いていたものとは、少しく違っているような感じでありますし。
「私ばかりがこうして、生まれが日本国で葬儀の宗旨が浄土真宗のこの審問室を何時までも占領し続けているのも、後に待っている亡者連中が長い待ち時間に苛々するでしょうから、ではまあ、ここはこの辺で切り上げるとしますかな」
 拙生はそう云って立ち上がる仕草をするのでありました。
「ええと、お聞きになりたいこちらの事情と云うものは、特にもうありませんかな?」
 審問官が中腰の拙生を見上げながら、念を押すように問うのでありました。
「そうですね、今のところ取りたてて思い浮かびません。もし聞き忘れている事があっても、どうせ閻魔大王官の処で聞く機会もあるみたいですから」
 拙生がそう云うと審問官と記録官が同時に椅子から立ち上がるのでありました。
「では、そう云う事であれば、必要書類を閻魔大王官の方へ回しておきますので、この審問室を出られたら、廊下を右の方にまっすぐお進みになると、閻魔大王官審理室待合所と云う看板のかかった大きな二段折りの観音開きの扉が突き当たりにありますので、そこをお入りになって、ずらっと並んでいる閻魔大王官審理室の前の長椅子に座って、暫しお待ちになっていてください。そう大してお待ちにならない内にお名前がアナウンスされますから、そうしたらその云われた番号の閻魔大王審理室の方へお入りになってください」
 審問官が語尾を口から出し終わらない内に、拙生にお辞儀をするのでありました。記録官の方もほんの一拍遅れて、同じように頭を下げるのでありました。
「判りました。長々と有難うございました。それにコーヒーも結構な味でした」
 拙生は同じ程度に上体を屈しながらそう云うのでありました。
 拙生が部屋を出る時に審問官と記録官は出入口まで一緒に歩いてきて、態々扉を開けてくれるのでありました。それから揃って「どうもお疲れさまでした」と云いながら、またもや深々と揃って律義にお辞儀をするのでありました。
「ああこれはどうも、恐れ入ります」
 拙生は礼を返しながら、手刀を切りつつ扉の外に出るのでありました。
 廊下を右に暫く歩くと確かに、閻魔大王官審理室待合所と大書してある看板のかかった扉に突き当たるのでありました。黒漆塗りで艶やかで荘重な感じの、蓮の花の絵模様が施された扉でありました。二段折り観音開きの片側を引き開けると、扉の荘重さの割には妙に軽々しい、微かな軋みの音がするのでありましたが、それはなんとなく、娑婆の拙生の家にあった仏壇の、内扉を引き開ける時の音に似ていない事もないのでありました。
(続)
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