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もうじやのたわむれ 81 [もうじやのたわむれ 3 創作]

 記録官は素っ気なく云うのでありました。
「ああそうですか。まあ良いや」
 拙生もその辺には、あんまり興味がなさそうに呟くのでありました。「ところで先程の話しに戻るとして、或る諦念を伴って娑婆の記憶が蘇る、と云う事ですが、その、諦念、なるものについて、もう少し詳しくお話しして頂けませんか。美しくも悲しい追憶とか、小さな桟橋に漂着とか、漣に揺れ遊ぶ小舟とか、ビタースイートな感じとか、そんな情緒的な部分だけではなくて、諦念、と仰るからには、悟る、とか云う、なんかそんな、もうちょっと深い意味が籠められているようにも拝察したのですが、如何なものでしょう?」
「そうですね、それは云ってみれば、抑制、と云う意味があります」
 審問官が落ち着いた物腰で云うのでありました。
「抑制、ですか?」
「要するに、それに引き摺られて仕舞わない程度の淡さ、とでも云うのか」
「それに引き摺られて仕舞わない程度の淡さ、ねえ。・・・?」
 拙生は首を傾げるのでありました。
「つまり、記憶は蘇るものの、だからと云ってそれはもう、遠い過去の思い出と云うものなんかよりももっと冷淡に、こちらの世にいる現実の自分との関連等は殆ど薄れた、まあ、感情と云うものへの作用をすっかり剥ぎ取られた形で蘇るのですよ」
「事実の記憶だけで、蘇ったその記憶になんの感慨も起こらないような?」
「そうそう、そんな感じです。ですから、抑制の利いた形で蘇ると云うわけです」
 審問官が三度頷くのでありました。
「その辺が今一つ上手く納得出来ないのですが、まあしかし、そう云う感じで向こうの世の記憶が蘇るのであるなら、先程の、記録官さんのお話しに出てきた、無頼派と呼ばれる若手小説家連中のテーマなんかは、そもそも成立する筈もないと思うのですが?」
「本来はそうです。その記憶は苦悩と云う類の心の状態とは結合しないものですから、彼らのテーマは或る種の欺瞞と云うのか、巧妙な作為の産物であるとも云えます」
「でも一応、苦悩の若手作家として売り出しているのでしょう?」
「まあ実のところは、装飾を凝らしたその類い稀なる文章力と、世間受けを狙った派手な私生活と、それに本の宣伝、販売戦略の上手さ故に、ああやって世の中にちやほや持て囃されているのでしょう。彼等の事は、苦悩の新進作家、ではなくて、知能の新進作家、と云うべきではないかと、私なんかは内心そう思っておりますよ。いやこれは、ちゃんと彼等を小説家としては評価しているので、胡散臭いとか云っているのではないですよ。まあこの際、私の彼等に対するそんな感想なんと云うものは、別にどうでも良い事ですけれど」
 審問官はクールに云ってボールペンを何度も回すのでありました。
「まあ、私は未だその人達、いや、霊達の小説を読んでいないので、何とも云えませんが」
 拙生は顎を撫でるのでありました。「しかし前の地獄省の八大地方の紹介のところで、フビライさんとか野口英世さんとかコンデ・コマさんとか、各地方の知事さん方は、娑婆での情熱を色濃く保持されているようにも聞こえたのですが?」
(続)
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