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もうじやのたわむれ 41 [もうじやのたわむれ 2 創作]

「閻魔コオロギ?」
 拙生は眉根に皺を寄せて聞きなおすのでありました。
「いやいや、香露木さんです。その方の名前、苗字ですよ」
 記録官がそう云いながらツッコミの仕草をするのでありました。「その香露木さんがここ百年間、たった一人でミスを犯しているのです。困ったものです」
「そう云うはっきりとした理由と云うのか、原因が判っているのですから、対策の立てようがあると思うのですがね。そんな、百年間もただ手を拱いて放っておかなくとも」
「いやあ、お叱りご尤もです。一言もありません」
 審問官がそう云って、真面目な顔で頭を下げるのでありました。記録官もそれに倣ってやや遅れてお辞儀をするのでした。二人が雁首揃えて拙生に頭の旋毛を見せて、そのまま暫く静止しているのでありました。
「いや、私に謝られても、・・・」
 拙生のその言葉で二人は同時に頭を起こすのでありました。
「改善策を話しあったことはあるようなのです、補佐官の会議で。しかしなにせ、相手は名誉ある閻魔大王官ですから、迂闊なことを云って怒らせでもしたら、後が厄介ですからね。それに地獄省の、云ってみれば省の権威と良心を象徴するのが、閻魔大王官と云う職種でありますから、その権威と良心の象徴がそんなつまらないミスを犯しているのか、と云うことが極楽省や準娑婆省に漏れでもしたなら、それこそ我が省の面目丸潰れです」
 審問官が少し声の調子を落として云うのでありました。
「極楽省や準娑婆省に漏れる事を恐れていらっしゃるのなら、漏れないように、秘密裏に処理すれば良いじゃありませんか」
「いやいや、隠し事は何時か必ず漏れるものです。四知、と云う事があります」
「四知、ですか?」
「ええ、娑婆の中国の、確か後漢の頃の、楊震と云う人が云った言葉ですよ」
「ああ、天汁、煮汁、・・・とか云うヤツですね?」
「いや、チルチル、ミチル、・・・でしたか」
 審問官が一緒になってスカタンを云うのでありました。
「いやいや、天知る、地知る、我知る、子知る、ですよ」
 記録官も屹度、同じような仕様もない地口で調子に乗ると思っていたのですが、ここではしごく無表情にあっさりとそう云うだけで、冗談も何も口にしないのでありました。
「ああそれそれ」
 審問官が一つ手を打つのでありました。「だから、こちらに幾ら隠そうと云う了見があっても、結局極楽省にも準娑婆省にも必ずバレます」
「ふうん。そうでしょうかね」
 拙生は大いに懐疑的な口調でそう云うのでありました。第一ここで、四知、等と云うなにやら大時代的な、悪事身に帰る的な故事をしかつめ顔をして持ち出してくる審問官に、拙生は本気で呆気に取られているのでありました。
(続)
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