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大きな栗の木の下で 60 [大きな栗の木の下で 2 創作]

 離れた処から時折聞こえてくるのは、先程の鳥の囀りでありましょうか。海からの風に乗って、それはこの木蔭の中に運ばれてくるのでありました。と云うことは、鳥は御船さん達の後方奥に広がる公園の草原、或いはそのまた奥の林の中に居るのではなくて、下の団地前の道路か、道路脇に峙つこの公園に続く夏草に覆われた土手の何処かで鳴いているのでありましょう。その辺での餌漁りに厭いたら、その内また、木蔭の下に居る御船さんと沙代子さんの視界の中に現われるのかも知れません。
 沙代子さんは少しの間黙るのでありました。空の青さに溶ける、少し上を向いた沙代子さんの中高の横顔の稜線が、御船さんにはやけに眩しく映るのでありました。
「その赤ちゃんが、今や小学校の二年生ともなると、もうやんちゃな盛りかな?」
 御船さんが話しかけるのでありました。
「ああ、うちの子のこと?」
 沙代子さんはそう云って御船さんの方を向いて、少し笑うのでありました。「そうね、まだ何にも判らんちんのくせに、色々舌足らずな理屈は云うし、そのくせ妙に甘えん坊で、場合に依らずすぐにふざけたがるし、そのふざけに相手になると何時までもふざけ続けるし、それに男の子だから、結構力も強いの。何かの拍子に足とか手とかがあたしに当たると、それがまた結構痛くてさ」
「なんか、可愛くって仕方がないって感じの云い方だよな、それ」
「うん、可愛いよ」
 沙代子さんはあっけらかんとそう云って、肩を竦めて見せるのでありました。
「目鼻立ちなんかも、そりゃあ、沙代子の子供だから、当然可愛いだろうな」
「目は、確かにあたしにそっくりかな。それに少し下がった眉も」
 御船さんは沙代子さんに似た、愛嬌たっぷりの子供の顔を想像するのでありました。
「沙代子の顔をそのまま少し縮小したような男の子を想像すれば、良いわけだな」
 御船さんはそう云って、正面から沙代子さんの顔に暫く見入るのでありました。
「なんかそんな風に見られると、妙に恥ずかしくなっちゃうね」
 沙代子さんはそう云って、照れ笑いながら御船さんから目を逸らすのでありました。それは可憐な仕草でありました。実は見入る御船さんの方も、こうして真正面から沙代子さんの顔を改めて見つめると云う行為が気恥ずかしくなって、内心大いにたじろぎながら何時目を逸らそうかと焦っているところでありましたから、先に沙代子さんが視線を外してくれたのは、実に以って好都合であったのでありました。
「でも、口元はお父さん似かしら」
 沙代子さんが目を逸らした儘云うのでありました。御船さんはその言葉で、ニヤけ顔を急に曇らすのでありました。口元が似ているところのお父さんとは、つまり矢岳と云う男のことであります。沙代子さんが目を逸らして居てくれたことで、いきなり曇った自分の表情の変化を沙代子さんに見られなくて済んだので、御船さんは秘かに安堵するのでありました。まあ、別に見られても構わないのでありましたが、しかし自分の表情の暗転を沙代子さんに見せるのは、なんとなくきまりが悪い気もするのでありましたから。
(続)
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