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石の下の楽土には 58 [石の下の楽土には 2 創作]

 娘が島原さんから花を二輪受け取る手を止めて、島原さんを上目に見るのでありました、
「あたし、お花屋さん、辞めたの」
「え、辞めたの?」
「そう。なんか奥さんとか一緒のアルバイトの子とか、あたしの仕事ぶりがあんまり気に入らない風だったから、もう居辛くなって」
 島原さんは二輪の花を娘と二人で持ちながら、その手を離すことを暫し忘れるのでありました。
「辞めてくれとか、云われたの?」
「ううん、はっきりそう云われたわけじゃないんだけど、でもずっと前から、なんとなくそんな感じだったから」
「ああ、そうなんだ」
 島原さんはようやく花から手を離すのでありました。娘は受け取った花を一輪ずつ墓の花立てに差すのでありました。花立てに入れられた白い菊花が心持ち項垂れてているように、島原さんには見えるのでありました。
「この後、どうするの、仕事は?」
「さあ、どうしよう。働かないと生活していけないから、すぐにも次の仕事、見つけなければいけないんだけど」
「この辺で探すのは、少し辛いかも知れないね」
「そうね。駅前まで出れば、なんかアルバイトもあると思うけど」
「そうだね、駅前ならね」
「でも本当はあたし、このお墓からあんまり離れたくないの」
「そう云ったってねえ。それに、離れるったって、駅前なら全然遠くじゃないだろう」
「でも、なんかあたしこの辺ばかりで生活していたから、駅前でも、すごく遠いような気がするの。そんなの、馬鹿みたいにお爺ちゃんは思うかもしれないけど」
 娘はそう云って自嘲するような笑いを唇の端に作るのでありました。
 島原さんは『雲仙』のことを思い浮かべているのでありました。あの居酒屋で働かせて貰うわけにはいかないかしら、と。しかし別にアルバイトをもう一人募集しているとはついぞ聞かないし、オヤジさんと若い男のアルバイトで仕事は充分賄いきれているようだし。
 それにこの娘が居酒屋のような処でアルバイトをするのは、ちょっと無理かも知れないと島原さんは思うのでありました。花屋よりももう少し余計に愛想の良さとか、動きの機敏さが求められるでしょうし、それはいかにもこの娘には苦手なことに違いないでありましょうし。それにオヤジさんがこの娘のことを、あんまり気に入っていないようだし。
「早く次の仕事が見つかるといいねえ」
 島原さんはそう云うしかないのでありました。
「うん、我が儘とか悠長なこと云ってられないから、あたし明日にでも駅前に行って、アルバイトの募集が何処かにないか、調べてみようと思うの」
「そうだね。良いアルバイトが、すぐ見つかるといいね」
(続)
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