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石の下の楽土には 36 [石の下の楽土には 2 創作]

「墓の下にそんな良い処が在るなら、なにも別に何時までもこの世に居ないで、皆早くそこへ行ってもいいんじゃないのって、その時、あたしは叔父さんに云ったの」
 娘が続けるのでありました。「そうしたら叔父さんは、この世で四人以上の人の葬式に立ちあった者じゃないと、楽土には行けないんだって云うの」
「四人以上の人の葬式?」
「うん、そう。四人以上の人の葬式」
 娘が島原さんの顔を見るのでありました。「なんで四人以上なのかは、教えてくれなかったけど。多分叔父さんも、知らないんだと思う」
 まあそれはごく一般的な考えとして、人一人が、生まれて順調に与えられた生を生きていって、老境と云われる年齢にまで達したとしたら、一生の中で立ちあうことになるであろう葬儀の数は、確かに少なくとも四人以上にはなるだろうと島原さんは思うのでありました。娘の叔父さんは<誰でも>と云う意味のレトリックとして、<四人以上の人の葬儀に立ちあった者>と云ったのであろうと島原さんは考えるのでありました。大らかで大雑把なレトリックではあるにしろ。
「あたし小さい時に、同じような話を、お母さんから聞いたことがあるの」
 娘は墓を見上げるのでありました。「お母さんは、五人て云ったように覚えているんだけど、大体は同じような意味の話だったの」
「へえ、そう。お母さんの生まれた地方に在る云い方なのかねえ、人生を全うすることを、四人とか五人とかの葬式に立ちあうって云う風に云うのは」
「そうかも知れない」
 娘は目の前の墓から視線を落として、両掌で口と鼻を覆うと、小さな咳をしてから続けるのでありました。「あたし叔父さんにその話を聞いた時は、そんなに子供でもなかったから、天国とか極楽とか地獄とかの言葉は知っていたし、そんなもの在るはずがないって考えていたの。まったくの子供じみたお伽噺みたいなものとか、誰も見たことがないような話なんかは、ちゃんと疑ったり、馬鹿々々しいって軽蔑することも出来る年齢だったの。でも、お母さんからずっと昔に、同じ話を聞いていたからかも知れないけど、叔父さんに墓に埋葬された人が、地中の楽土に降りて行くって云う話をされた時、お母さんの話と同じだって思って、すぐすんなりと受け入れちゃったの、ああそうに違いないって」
 娘は胸の前であわせた掌を一つ音がしないように叩くのでありました。「それでその後、あたし考えたの。この世で四人の葬式に、あたしは立ちあえないかも知れないって」
「どうして?」
 島原さんが小さな声で聞くのでありました。
「だって、お兄ちゃんと、お父さんと、それからその内お母さんを見送るとして、これで三人でしょう、そうすると、四人にはとどかないわけじゃない」
「でも、この後ずうっと君が寿命まで生きていれば、家族以外にも、後一人の葬儀くらい間違いなく経験することになると思うよ」
 島原さんは云いながら、言葉に笑いを添えてもよいものかどうか迷うのでありました。
(続)
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