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枯葉の髪飾りCCⅩⅩⅩⅣ [枯葉の髪飾り 8 創作]

「矢張り、岡山に行かれる一番の理由は、桃ですか?」
 拙生がお母さんに尋ねるのでありました。前にお母さんが、桃をふんだんに食べられるのだから、将来岡山に移ることをそんなに苦にしていないと云っていたのを、ちらと思い出したからでありました。勿論拙生の云いようは冗談めかした云い方であります。
「いや、そうじゃなかとよ。井渕君まで、なんば云いよるとね。あたしはお父さんの意見に従順に従いよるだけけんね。夫唱婦随さ」
「よう云うばい、このおばちゃんは。明らかに桃が目的に決まっとるとに」
 お兄さんがそう云って箸をお母さんの顔の前でぐるぐると回すのでありました。
「桃狙いは桃狙いてしてですよ、しかし結構潔かですね、パッて岡山に引っ越すとば決断さすところは。佐世保で生まれてずうっと生活してきて、不安じゃなかですか?」
 拙生がお母さんに聞くのでありました。
「桃に魅かれてじゃなかて云いよるたい、もう」
 お母さんがあくまで桃が目的ではないことを強調するのでありました。「ばってん、まあ少しは心細かところもあるよ。そいでも佐世保にはあたしの兄が二人と、後は姪とか甥とか、叔母や従兄妹しか今は居らんけん、佐世保ば出るとにそがん抵抗はなかと。岡山に引っ越した後、全く佐世保に帰って来られんようになるわけやなかしね。それにお父さんの田舎は佐世保よりのんびりしとって、あたしの性にもあっとるし、人も優しか人の多かし」
「オイも京都からは格段に近うなるしね」
 お兄さんが云うのでありました。「友達とかはこっちに多かけん、その点ではなんか寂しか気もするけど、まあ、親類が未だ居るとやから、時々帰って来ることも出来るしね」
「そいでも一家で佐世保から居らっさんようになるとは、なんか寂しかですね、オイ、いや僕としては。尤も、僕ももう、佐世保に住んどらんとですけど」
「井渕君は岡山に行ったこと、ある?」
 お父さんが聞くのでありました。
「いやあ、なかです。新幹線とか寝台列車のさくら号の車内販売で岡山辺りで桃ば売りに来るとか、駅弁の祭ずしとかの印象とかくらいしかなかですねえ」
「ほう、祭ずしを知ってるの?」
「ああ、新幹線に乗った時食うたですよ。あれは結構好きですよ、オイ、いや僕は」
「井渕君も、東京から佐世保に帰る途中なんだから、一度は岡山にも寄ってよ」
「はあ、有難うございます」
「佳世の墓参りも、兼ねてさ」
 そのお父さんの言葉で、ああそうか、これからは吉岡佳世の面影に花を手向けようとするなら、岡山に行かなくてはならないのかと改めて拙生は思うのでありました。吉岡佳世と岡山で逢うと云うことが、今一つ拙生の中で納得がいかないのでありました。
「井渕君、絶対岡山に来んばよ、あたし達が引っ越したら」
 そうお母さんも云うのでありましたが、拙生はその言葉には笑い返すだけで明確な返事をしないのでありました。
(続)
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