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枯葉の髪飾りCCⅩⅢ [枯葉の髪飾り 8 創作]

 拙生は佐世保に居る間の約一ヶ月間、毎日吉岡佳世が眠る寺へ出かけるのでありました。花はそう毎日持って行くのも上手くないと思ったのですが、極めて小ぶりなものを三ヶ町の花屋で買って結局毎日持って行くのでありました。これは彼女へのプレゼントの積りでありました。線香とか蝋燭とかは持参しないのでありました。その代わり、万年筆をシャツの胸ポケットに入れて拙生は出かけるのでありました。だから拙生のこの寺詣では故人を偲ぶ本来の壇参りと云う風ではなくて、彼女とのデートのようなものでありました。
 拙生は壇の前に立つと決まって、万年筆を彼女の写真の前に置くのでありました。拙生の受験の時に病床に在る彼女に貸しておいた万年筆であります。これで彼女は拙生の受験が上手くいくようにと、彼女流の願かけをしてくれたのでありました。特に拙生に差し迫った願いがあったわけではなかったから、この行為はもう一度願かけを彼女に強請っているのではなくて、まあ、云ってみれば拙生のちょっとした思いつきによる儀式のようなものでありました。
 拙生はじっと立った儘壇の中の彼女の写真を、一時間程見つめて過ごすのでありました。彼女とのことを思い出していることもあれば、生きている彼女と再会したシーンなんかを仮想して写真と会話を交わしていたりするのでありました。それは当座の拙生にとってとても楽しい時間なのでありました。拙生と写真との間に万年筆を置くことによって、写真の彼女が少し血の気を帯びてくるような気がするのは、これは拙生の妄想以外ではないでありましょうけれど。
「じゃあ、また明日」
 瞬く間の一時間程の逢瀬が過ぎたら、拙生は写真の彼女にそう小声で告げて、万年筆をまた胸のポケットに仕舞うのでありました。それから写真に小さく手をふって壇を離れるのでありました。その後は決まってあの病院裏の公園に行って銀杏の樹の下のベンチに座り、蝉の声と、今を盛りと茂った銀杏の葉が風にさざめく音の中で過ごすのでありました。
 秋の彼岸の頃の何日間かは、納骨堂の中には彼岸参りに訪れる人の姿がちらほらあって、なかなか吉岡佳世と二人きりの時間を過ごすと云うわけにはいかないのでありました。そう云う時は拙生は万年筆を彼女の写真の前に置くこともせずに、花を供えたらこう云う場所でのお決まり通り壇に手をあわせて、早々に退散するのでありました。
 拙生の供えた花の横に新しい花立てがあって、そこに拙生のものよりは数等豪華な花が供えられていることがありました。これは屹度吉岡佳世の家族が壇参りに来て供えた花でありましょう。自分達の供えるべき花の他に、ちゃちな花束が花立てを占拠していることを、その時彼女の家族は奇異に思ったに違いありません。しかしどこの誰の仕業かは判らなくても、折角手向けられた花を棄てることも出来ずに新たな花立てを用意して、自分達の持ってきた花は其方に活けて、拙生の花にその儘従来の花立てを譲ってくれたものと思われるのでありました。拙生はそう推測して一人恐縮するのでありました。
 壇から花が溢れている様子を見ながら、この帰省中に一度彼女の家にも行かなくてはと拙生は考えるのでありました。葬儀の後過分の交通費を送ってくれたことと、その後の満中陰法要のこと等手紙で態々知らせてくれた礼をしなければならないでありましょうから。
(続)
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