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枯葉の髪飾りCCⅩⅡ [枯葉の髪飾り 8 創作]

 一年前とまったく同じ光景でありました。しかしもう吉岡佳世は拙生の前に現れることは絶対にないのでありました。それはもう、残念で悔しくて堪らないのではありましたが、どうしようもないことでありました。してみると、この一年間だけが拙生の持つ時間の流れの中で際立って濃い色をした、特別の時間だったのかもしれないと思うのでありました。その特別の時間を拙生は綺麗なハンカチで大事に包んで、心の奥底に何時までも何時までも、拙生の生が終わるまで仕舞っておくべきものだと考えるのでありました。
 つくつく法師がまた横の銀杏の木にやって来て大きな声を張り上げるのでありました。葉群れのさざめきがまたもやその声に気押されたように消え去るのでありました。
 拙生はベンチから立ち上がると公園を出て三ヶ町の方へ戻るのでありました。三ヶ町のアーケードを入ってすぐの辺りにある花屋に立ち寄るためでありました。そこで小ぶりな花束を買い求めて、拙生は吉岡佳世が眠っている寺へと向かうのでありました。
 盆は過ぎたし、彼岸までは未だ間があるためか寺の中は閑散としているのでありました。母屋の玄関の受付には人が居ないのでありましたが、据えつけてある呼び鈴を押すとこの寺の主婦と思しき初老の女の人が奥から出てくるのでありました。
「納骨堂に、行きたかとですが」
 拙生はその女の人に云うのでありました。
「ああ、お参りですか。どうぞどうぞ。納骨堂は何時でも出入り出来ますけん」
「どがん行けば、よかとですかね?」
「本堂の裏にありますけん、本堂の横ば回って行けば、すぐに納骨堂の入り口になります。スリッパのあるけん、上がってそれに履き換えてから、お参りください」
「判りました。有難うございます」
 拙生はお辞儀をして本堂の方に向かうのでありました。
 本堂へ上がる石段の横手の灯篭脇に、納骨堂と書いて矢印を添えた立て札があるのでありました。その矢印通りに歩いて本堂を回ると、本堂裏から納骨堂へ降りる屋根つきの石段があってその段を降りた処が納骨堂の靴脱ぎ場でありました。母屋の方からも廊下がそこに繋がっています。拙生は高校の体育館の入り口を思い出すのでありました。それを小ぶりにしたような造りでありました。
 広い納骨堂の中は人が誰も居ないのでありました。締め切られた室内は温気が籠っているのでありましたが、訪れた拙生のために先程の女の人が急遽入れてくれたものか、クーラーの運転音が深閑とした中に少し場違いに響いているのでありました。入口の扉の横に納骨壇の区画図が掲げてあり、拙生はそれで吉岡家と云う表示を探すのでありました。
 吉岡佳世の納骨壇は中列端の小さな窓の脇にあるのでありました。薄暗い納骨堂の中でそこは外光が射すために明るくなっているのでありました。拙生はなんとなくその様子に安心するのでありました。壇の中には彼女の写真が飾られているのでありました。その写真も拙生が公園で写したものの中の一枚でありました。拙生は「おう、久しぶり」と口を閉じた儘写真に声をかけるのでありました。写真の彼女が拙生をその円らな瞳で見つめながら、恥ずかしそうに微笑んでくれるのでありました。
(続)
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