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枯葉の髪飾りCⅩLⅣ [枯葉の髪飾り 5 創作]

 四月になって最初に吉岡佳世が病院へ行く月曜日が、結局彼女との最後の二人きりのデートとなってしまったのでありました。それ以外の日は拙生はせっせと彼女の家に日参したのでありました。
 彼女の家を訪ねたら先ずは彼女の部屋で二人で色んな話をして、例によって何度かぎごちなく唇を重ねて、その後で彼女のお母さんも交えて三人して居間でまた取りとめのない四方山話に時間を費やすのであります。彼女の家で過ごす時間は、なかなか落ちついていてゆったりとした良い時間でありはしましたが、しかし恐縮なことながら、彼女の部屋で彼女と二人だけで居る時もなかなか気兼ねなく、二人きりの時間を過ごしていると云うような気分にはなれないのでありました。
 彼女が病院へ行くその日、拙生は彼女の診察が終わる頃を見計らって、病院一階の背凭れのないベンチが幾列か並んだ薬局前の待合所で彼女を待つのでありました。前のように病院裏の公園で待ちあわせても別に良かったのでありましたが、当日彼女の体調が芳しくなかったもしもの場合を慮って、病院内で落ち逢うことにしたのでありました。そうすれば彼女に、その旨拙生に告げるべく態々、僅かの距離ではありますが拙生の待つ裏の公園までの足労もかけなくて済むのでありますし、彼女はそのままタクシーを使って病院から直接家に帰れるという次第であります。その場合勿論、拙生が彼女の家までつき添う積りであるのは云うまでもありません。
「どうや、診察の結果は?」
 診療を終えて一階にやって来た彼女に拙生はベンチに座ったまま聞くのでありました。
「うん、特に変なところはないって。何時も通り、血液検査で、血取られた」
 彼女はそう云って拙生の横に腰を下ろします。
「今の体の具合は?」
「うん、普通。て云うか、井渕君の顔見たら、病院に来た時より元気になった感じ」
「本当か?」
「うん、本当」
 吉岡佳世はそう云って少し眉根を上げて拙生を見ながら、口の端を笑いの表情に動かすのでありました。「ねえ、だからさ、薬もらって、会計が済んだら、病院出て、公園に行こうよ」
 当然拙生としては事情さえ許せば公園で二人きりになること、まったくもって吝かではなかったので、それならと彼女が薬局から薬を貰って、その後会計を済ませるのを待ってベンチから腰を上げるのでありました。
「ちょっとでも具合の悪うなったり、寒かったりしたら、すぐに云わんばだめぞ」
 そんな、出来れば云って欲しくないと思っていることを彼女に念押ししながら、拙生は彼女と伴に病院の棟を後にするのでありました。
 一週間ぶりの彼女との外での逢瀬に拙生は大いに気持ちが昂ぶっているのでありました。でありますから、拙生は病院を出ると早速彼女の手を取るのでありました。春の日差しが繋いだ彼女の手の白さに爆ぜて拙生の目の端に跳びこむのでありました。
(続)
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