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枯葉の髪飾りCⅩLⅢ [枯葉の髪飾り 5 創作]

 三人で玄関まで来てから、彼女のお母さんが拙生に云うのでありました。
「井渕君、東京に行く用意で忙しかやろうけど、明日もちょっとでよかけん、佳世の顔ば見に来ておくれね」
「はい。お邪魔でなかなら、来させて貰いますけん」
「この頃は佳世は朝起きてから、井渕君が来るまで、そわそわしていっちょん落ちつかんとやもん。あたしがなんか云うても、生返事ばっかい。そいで、井渕君の顔ば見た後は、急にニコニコして、愛想のよくなるとよこの子は。お父さんの焼き餅ばやかすくらいやもんね。まあ、これは冗談やけど。ねえ、佳世」
 彼女のお母さんはそう云って吉岡佳世の顔を見るのでありました。吉岡佳世はそのお母さんの言葉になにか云いわけをするのかと思いきや、彼女はうんそうねと云って肩を竦めてあっけらかんと笑うのでありました。
「お兄さんは未だ、京都から帰って来らっさんとですか?」
 拙生は彼女のお母さんに聞くのでありました。
「うん、あの人も忙しか人やけん、帰って来るとは四月の頭やろうね。そいで一週間も居らんで、すぐまた京都に戻るとらしかけど」
「そしたらオイがまあだこっちに居る内に、会えるですかね」
「うん、一度くらいは顔を見れるて思うよ。尤もさ、井渕君がお兄ちゃんに会っても、別にお兄ちゃんには、なにも用はなかやろう?」
 吉岡佳世が云うのでありました。
「そりゃまあ、そうやけっど、あっちに行く前に、ちょっと一言挨拶ばしたかけんね」
「どうせ佳世は、井渕君がお兄ちゃんに会うぎんた、その分自分と話す時間の少し減るてぐらいに思うとるとやろう。このケチんぼが」
 彼女のお母さんがそう彼女をからかうのでありました。
「べつに全然、ケチんぼじゃないけどさ、でも、実際本当に、井渕君がお兄ちゃんと話す間、あたしと話す時間は、その分減るやろう?」
「なんば云いよるとかいね、この子はまったく」
 彼女のお母さんが呆れ顔で、処置なしと云った風に云うのでありました。
 拙生は吉岡佳世と彼女のお母さんに見送られて玄関を出るのでありました。ようやく日が長くなって、まだ外の明るさは残照と云う雰囲気ではないのでありました。しかし彼女の家から最寄りのバス停まで歩いていると、瞬く間に目に入る辺りの風景総てに朱色が浮き出してくるのでありました。
 吉岡佳世と外で二人きりで逢える機会が、拙生が東京に行くまでの間に何回あるのだろうかと拙生は考えるのでありました。彼女の体の具合は、実際のところどうなのでありましょうか。この前のようなデートは今後暫くの間は不可能なのでありましょうか。昼間の時間は次第に長くなっていくと云うのに、誰に気兼ねもなく彼女の体温や息遣いを身近に感じることの出来る残された拙生の時間は、春が深まっていくのに連れて次第に短くなっていくのでありました。
(続)
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アシュトン

拝見させていただきました。
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by アシュトン (2010-01-05 14:13) 

汎武

アシュトンさんコメントを有難うございました。
by 汎武 (2010-01-05 16:44) 

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