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枯葉の髪飾りCⅩⅩⅥ [枯葉の髪飾り 5 創作]

 高校の卒業式で拙生が晴れやかな高揚感に浸っているのは、これでようやく学生服とか煩瑣で息苦しい校則等とは真っ平縁もゆかりもなくなると云う開放感と、四月から始まる東京での大学生活への期待感と、一応ようやくこれで子供でなくなったことになるかと云う、根拠不明な自覚からでありました。バスの運賃で云えばすでに中学生の時から子供ではなくなっているわけでありますし、成人式が大人と子供の明確な分岐点であるのなら、まだ二年方拙生は子供の範疇に入る生きものと云うことになるのであります。しかしなんとなく高校を卒業したらその時から大人の条件の殆どをほぼ手中にしたことになるような、そんな気分を拙生は高校入学当時から持っていたのでありました。まあ、高校を出たら身長の伸びは大方打ち止めになりましょうから、その辺りが大人であることの根拠と云えば云えるような云えないような。隅田も安田も島田もやはり拙生と同じに朝から晴れやかな顔をしているのは、やはり彼等も身長がそれ以上伸びないことへの満足感からであろうと拙生は思うのでありました。
 体育館での卒業証書受け取り式とか送辞答辞の遣ったり取ったりとかの後に、教室に戻ったクラス全員を前にして担任の坂下先生は敬語をもって我々に最後の挨拶をするのでありました。坂下先生の挨拶は丁寧で過度ではない感情の抑揚もあり、我々への今まで見せたこともない敬意が滲み出ていて、しかし主調としては落ちついていて、後にしみじみとした余韻の残る名調子でありました。クラスの女子の中には坂下先生の話の途中で惜別の情を抑えきれなくなって、ハンカチで目頭を抑える者も数人出るのでありました。島田辺りは卒業式の端から涙腺を全開にして、式の間ずっと両頬を水滴で光らせて肩を引っ切りなしに上下させておりましたが、教室での坂下先生の挨拶によって、彼女のハンカチは絞れば水の滴る程になったことでありましょう。そんな島田を安田が何時ものようにからかったり茶化したりすることもなくじっと見つめていたのは、安田にもこみ上げるものがあったからでありましょうか。
 最後のホームルームの後に坂下先生と、殆ど大多数が残ったつい先程まで高校生であったクラスの教え子とで、六つの机を寄せた大テーブルを五つほど造り、あらかじめその予定で分担して持ち寄っていた飲み物と菓子をその上に広げて、立食の謝恩会をするのでありました。紙コップに注がれたジュースを飲み、広げられたチョコレートやビスケット、それに誰が持ってきたのか魚肉ソーセージ等を口に放りこみながら、誰彼となく話し笑いしていると、体育祭や文化祭や球技大会、その他様々な思い出が懐かしく頭の中で明滅を繰り返すのでありました。名残を惜しむように謝恩会は何時果てるともなく続くのでありましたが、一人去り二人去り、午後三時を回って最後に残ったのはこの謝恩会を企画した島田を筆頭とする数名の女子と、男では隅田と安田と拙生、それに坂下先生でありました。
「そろそろ、お開きて云うことにしますかな」
 坂下先生の言葉に残った者どもはまだまだ名残は尽きねどと云った顔つきで、底に残ったジュースを飲み干してからそのコップを机の上に置くのでありました。
「ほら、あんた達も後片づけば手伝わんね」
 島田が机上の食い物飲み物を片づけながら拙生と隅田と安田に指図するのでありました。
(続)
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