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枯葉の髪飾りCⅩⅩⅤ [枯葉の髪飾り 5 創作]

 何時ものように吉岡佳世の家を学校帰りに訪ねた拙生に、彼女は殊更嬉しそうに瞳を輝かせながら云うのでありました。
「あたしさ、今日は一人で病院まで行ってきたのよ」
「お母さんに、つき添いして貰わんでか?」
「うん、一人で。それからちょっと気分の良かったから、玉屋まで行ってきたと」
 玉屋と云うのは佐世保の有名なデパートの名前で、三ヶ町と云うショッピングモールと、同じく四ヶ町と云うショッピングモールを繋ぐ位置に在る繁華街のランドマークであります。この辺りが佐世保で最も賑やかな地区でありましょうか。
「ほう、そしたら病院ば出た後、佐世保橋ば渡って、三ヶ町ばずっと歩いて行ったとか?」
「うん。人ごみは疲れるかも知れんて思うたけど、平気やった」
「手術の後、そがん長い距離ば歩いたとは、初めてじゃなかとか?」
「うん。初めて」
 吉岡佳世はそう云って頷くのでありました。
「体は特別なんともなかったや?」
 拙生は吉岡佳世の顔を覗きこみながら云うのでありました。
「ちょっと疲れたけど、別にその後もどうもなかったよ。そいから、島ノ瀬町からバスに乗って、家まで帰ってきたと」
「お、すごかやっか。そんなら、ちょっとした外出はもう大丈夫ばいね」
「うん、多分。あたし少し自信のついた」
「そんならこいから先は、まあ、体の調子次第やろうばってん、ちょくちょく外出とかして、体力ばつけんばばい」
「うん。病院の先生もそがん云わした」
 吉岡佳世のこの報告から、彼女の体が次第に壮健になっているのだと云う確証を得たようで、拙生は矢鱈に嬉しくなるのでありました。
「だからさ」
 吉岡佳世が拙生を見ながら唇の端をすこし上に挙げて云うのでありました。「井渕君と外で、二人だけでデートも出来るよ、あたし」
「お、本当や?」
「うん。遠出とかはまだ無理かも知れんけど、例えばあの病院裏の公園とかやったら、屹度大丈夫て思うよ」
 別に彼女の家での逢瀬も拙生はそんなに不満はなかったのでありましたが、しかし二人きりで外でデートが出来るのなら、それはそれでもっと気分が浮かれると云うものであります。そうなれば彼女と、なんの気兼ねもなく手も繋げるでありましょうから。
「そんなら、今度病院に行くとは何時か?」
「ええと、来週の月曜日」
「よし、その日に、久しぶりに公園でデートばするか」
 その日は高校の卒業式の二日後になるのでありました。
(続)
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