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枯葉の髪飾りLⅤ [枯葉の髪飾り 2 創作]

 吉岡佳世の持っていたその赤い蓋と、同じ色の肩紐のついた水筒は彼女の顔立ちの華やかさに比べていかにも幼げで、拙生はその対比をとても気に入っていたのでありました。この儘あの水筒が彼女の傍からなくなってしまうのは、拙生としては如何にも惜しい気がするのでありました。
「明日探して、絶対見つけて持って来るけん、オイが」
「でも、テントば片づける時に取り紛れてしまって、もう見つからんかも知れんよ」
 吉岡佳世が云うのでありました。
「いや、テントとかの解体は明日の撤収の時するはずけん、まだ中に在るて思うぞ」
「誰かの忘れ物て思うて、学校に保管してあるかも知れんし」
 島田が云います。
「うん。兎に角オイが絶対探し出して持って来る」
「井渕君、やけにその水筒に拘るね。なんかその水筒に謂れでもあると?」
 島田がそう聞きます。
「いや、別に謂れなんかなあんもなか。今日初めて見たとやもん」
「思い出の品かなんかて感じのするね、まるで。そいで必死に探そうとしとるみたいな」
「いや、そがんとやなか。ばってんなんかこのまま、あの水筒のなくなってしまうぎんた、まあ、なんて云うたらよかとか、その、吉岡の、なんとなく可哀相かごたる気のするけん」
「ふうん、そうね」
 島田は拙生の説明に納得がいかない風に云うのでありました。しかし考えてみれば拙生自身が、その水筒がそんなに吉岡佳世にとって大事なものであるのかどうか、よくは知らないのでありました。なんとなくもやもやと、しかし強く、その水筒の喪失に切なさを感じる拙生の気持が、拙生自身にもうまく説明がつかないのであります。単に吉岡佳世とその水筒の取りあわせが、拙生の目に好ましく映ると云うことだけでもないし。まあ、それも確かにありはするのですが、しかしそれが唯一の理由でもないようで。・・・
「有難う、井渕君」
 吉岡佳世がそう云ってくれたもので、拙生はどうしたものか不意に感動のようなものを覚えて嬉しくなって、彼女の言葉に意を強くするのでありました。
「まあ、出てこんやったとしても、気にせんでよかとよ、井渕君」
 吉岡佳世のお母さんが笑いながら云います。
「いや、絶対見つけてきます」
 拙生はお母さんにそう返しながら、こんなにきっぱり宣言するのもお母さんには妙に映るかしらんと考えて、なんとなくその自分の口調の強さを打ち消すようににんまりと笑うのでありました。
「さてと、そろそろお暇せんと」
 島田がほんのちょっと会話が途切れた後に云うのでありました。
「あらあ、お茶しか出さんで」
 吉岡佳世のお母さんがさも恐縮そうに島田の言葉を引き取るのでありました。
(続)
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