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あの時の珍客はⅡ [時々の随想など 雑文]

 その内この珍客達が鉄棒をやりたそうな素振りを見せるので、手招きしてぶら下がらせてやると、そのあまりの高さに怖気づいて足をばたばたと泳がせます。下ろしてやると目を大きく見開いて、こんな高いところにぶら下がって、しかもぐるぐる回転など出来るあなた達はとんでもない偉大な人達だと云うような表情をしています。
 同級生の一人が「ホワット、イズ、ユア、ネーム」とべたべたの日本語発音で聞くと、なんとかなんとかと、こちらがうまく聞きとれない発音で名前を云ってくれます。ダンボだったかミッキーだったかその時聞いた名前はもう忘れてしまいましたが、同級生は己が英語の通じたことに感激して、その後知っている限りの成句を並べ、彼等と会話と云うもはなはだ貧弱ではあるにしろ、言葉でコミュニケーションを図ろうとするのでありました。
 そうこうして、すっかり打ち解けた我々はその後マットででんぐり返しやら、無謀にもバック転を彼等に教えてやったり、逆立ちしてマットの上を歩いて見せたり、腹筋の鍛錬をさっせてやったりして、下校時間までを一緒に遊んで過ごしたのでありました。彼等もすっかり懐いて、別れを惜しんで、また明日も来ていいか等と(まあ、多分そんなことを云っているのであろうと推測したのでありますが)拙生の手をとって揺すりながら懇願するのでありました。彼等は我々をいたく気に入ってくれたようでした。我々が体操服から学生服に着替える間も、彼等は更衣室代わりに使用していた小部屋の中までついて来て、我々の更衣が終わるのを待っていてくれるのでありました。
 体育館を出ると彼等は裏手の緩やかな土手の上を指差します。土手の上には金網のフェンスが続いていて、その向こうは米軍住宅地であります。ここから帰ると云うのでありましょう。彼等は更衣室を出る時からずっと繋いでいた手を離して、さよならと手を振ります。「Good-bye」と云うのは判りました。「グットバイ」と我々もべたべたの日本語発音で銘々手を振りながら返します。
 彼等は土手をよじ登り、振り返ってまた手を振り、フェンス沿いにしばらく歩いてからしゃがみこみました。彼等の頭が我々の視界から消えました。きっと人が通り抜けられるくらいの穴がその辺の金網に開いているのでありましょう。
 彼等の姿が消えてから、仲間の一人が「あのちび達が金網を越えたとたんに、機関銃で蜂の巣にされるとやなかろうか」などと云うのであります。「撃たるんもんか」と別の一人が返します。「日本人ならひよっとして蜂の巣かも知らんけど、あのちび達はアメリカ人けん、まさか撃たれはせんやろう」ああ成るほどと拙生は横で頷きます。確かにその後、幸いにも機関銃の一斉射撃の音はどこからも聞こえてはこず、遠くの方でカラスの鳴く声が夕空に響いているだけでありました。
 次の日、彼等は結局我々の前に現れることはありませんでした。その後も二度と彼等の姿を目にすることはなかったのであります。きっと帰ってから母親か誰かにその日の出来事を語って、きつく叱られでもしたのでありましょう。
 もう今は彼等も立派な中年男となっているはずであります。ひょっとしたら、子供の時に日本と云う国に暮らしていて、そこで経験したささやかな日本人中学生との交流を覚えていて、自分の家族にその時のことをたった今、懐かしげに語っているかもしれません。
(了)
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