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ぎゅうにゅうⅠ [ぎゅうにゅう 創作]

 もう一つ、とつ国の少年との思い出を書きます。もっとも彼がとつ国の少年だったのか、それとも国籍は日本だったのかよくは判らないのであります。恐らく彼は日本人だったのでありましょう。父親が佐世保に寄港した米軍艦船の兵士であり、母親は外国人バー街で働くホステスだったと考えられます。彼はその母親の私生児であったのでありましょう。これも確認したわけではないのであくまでも拙生の推測以外ではありませんが。
 彼と出会ったのは夏の海でありました。そこは市内有数の海水浴場であり、多くの市民が黒々とした強烈な夏の日差しの下で笑いさざめきながら一日を楽しむ場所でありました。拙生は小学校二年生だったか三年生だったか、まあ、そのくらいの歳で、近所に住む高校生の従兄弟とその友人に連れられて海水浴に来たていたのでありました。
 高校生の従兄弟とその友人にとっては、夏の海では、小学生の拙生など足手まとい以外の存在ではなく、来た早々から一人放って置かれるのでありました。拙生としても高校生二人が沖の、足の立たないところまで泳いで行くのにつき合うのはどうにもしんどかったものだから、放って置かれるのを幸いに、白砂の浜で寝そべったり岩場の潮溜まりに取り残された魚や人手を捕まえたり、磯巾着の触覚に指を差し入れたりしながら一人遊びを楽しんでいるのでありました。
 砂山を作ってそこにトンネルを掘っていた時でありますが、ふとした拍子に岩場の方に目を向けると、真っ黒に日焼けした少年が海を背に、岩場の一番高い処に立って拙生を見ているのが目に入ってきました。彼はしばらく此方を窺っていたのでありますが、徐に岩場の凹凸を苦もなく飛び越えながら拙生の方へ近寄って来るのでありました。
 傍まで来て、砂の小山の向こうに立って彼は拙生を見下ろしています。拙生には彼の顔が蒼く高い夏の空を隠す陰のように見えるのでありました。陰が白い歯を見せて拙生に笑いかけ「お前のことば知っとるぞ」と声をかけるのでありました。
「お前、御船町の久原菓子屋の上の家のもんやろう」
 彼は続けるのでありました。確かに拙生はそこに住んでいるのであります。
「そうやけど、知らんよ僕、あんたのこと」
 拙生は返します。身体の大きさから五年生か六年生であろうと思われるのでありました。彼は砂の小山の向こう側に腰を下ろします。
「オイも近所に住んどる」
 彼はそう云って説明をするのでした。「お前ん方の少し上の方にボロアパートの二軒並んで建っとるやろう。オイの家はそこ」
 確かにそのアパートは知っておりました。そこはある意味、近所で有名なアパートだったのであります。まあ、あんまり芳しからぬ方で有名だったのではありますが。かなり古い木造二階建てのアパートで、そこの殆んどの住人と云うのは、デパートやら商店やらが並ぶ目抜き通り裏にある外国人バー街で働く女性達でありました。拙生は母親にことあるにつけ、そのアパートには近づかないように云われていたのでありました。
(続)
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