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あなたのとりこ 728 [あなたのとりこ 25 創作]

「向後の事、と云うと?」
「いや、次の働き口の事ですよ。勘違いかも知れないけどひょっとしたら今袁満さんは、俺が甲斐さんは向後どうする心算かと聞いたのを、まさか袁満さんと近々結婚する心算かどうか聞いたのだと勘違いしたんじゃないでしょうね?」
「いやまさか、そんなんじゃないよ。俺はそれ程おっちょこちょいではないよ」
「ああそうですか。それなら良いですが」
 頑治さんはやや疑うような調子を込めて云うのでありました。
「次の就職先を探すようだよ。まあ、俺も甲斐さんも現在失業者と云う事で、先の見通しも立たない状態だから、結婚とかそんな甘い将来像は今は描けないよ」
「では夫々次の仕事が見つかった暁には、結婚もあるんですね」
「いやさっぱり判らないよ、具体的なものは何も、今はないよ」
 しかしこう云うところを見ると、袁満さんは行く々々は甲斐さんと結婚して家庭を持つと云う見取り図を、描いていない事もないのでありましょう。そう云う事であるなら、袁満さんも甲斐計子女史も、就職活動に気合が入ると云うものでありますか。

 ここで少し話題が途切れて、お互いほんの少しの時間黙るのでありました。
「ああそう云えば、この前刃葉さんと逢いましたよ」
 頑治さんが突然思い出したように云うのでありました。
「刃葉さん、と云うとこの前まで会社に居た刃葉さんかい?」
「そうです。あの刃葉さんです。今日の昼間に何か本でも探しに行こうかと、神保町の三省堂書店に立ち寄った時に、偶然姿を見かけたんですよ」
「へえ、今日かい」
 袁満さんは頓狂な声を上げるのでありました。「それで言葉を交わしたのかな?」
「いや、エスカレーターですれ違ったんですが、向うは俺に全く気付かなかったようで、前に会社に居た時同様に、世の中の万事が不愉快、と云うような顔をしてすぐ横を通り過ぎて行きましたよ。俺の方も別に声を掛けたりしませんでしたけど」
「北海道に空手の修業に行ったんじゃなかったかな、刃葉さんは?」
「俺も確かにそう訊いていましたけど」
「修行の厳しさに音を上げて、早々にケツを捲ったのかな」
 これは頑治さんも前に考えた事でありました。
「いやあ、事の詳細は何も判りませんけど」
「偶々一時的に東京に戻って来ていた、と云う事も考えられるけど」
「その可能性もなくはないですが、実は退職した次の日、ブラブラ散歩に出た時に上野公園でも刃葉さんを目にしていたんですよ」
「退職した次の日となると、結構前と云う事だなあ」
「そうですね。その日から今日までの期間を考えると、これは矢張りケツを捲って逃げ出したんだと解釈する方が正解かと思いますが」
(続)
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