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あなたのとりこ 353 [あなたのとりこ 12 創作]

 こんな観念論的営業活動なんぞが上手くいく筈は無いのであります。依って出雲さんは益々塞ぎ込んで仕舞うのでありました。
「出雲さんは今の仕事に就いて間もないのに、もう疲弊したような顔をしているなあ」
 昼食を一緒にとお茶の水下交差点近くのラーメン屋に均目さんと赴いた折に、頑治さんが均目さんに、夫々注文を終えて水を一口飲んでから話し掛けるのでありました。
「ここ最近急に口数が減ったかな」
 均目さんも心配顔で応じるのでありました。
「動き出したばかりの新規の特注営業が上手くいかないんだろうなあ」
「あんな営業方法が上手くいく訳がないのは、初めから判り切っていたけど」
「ちょっと考えただけでも非効率極まりないからなあ」
「車を使えたらもう少し疲労は少ないかも知れないけど、でもまあ、経験も無い出雲君が地理不案内の土地に行って、飛び込み営業するなんて云うのがどだい無茶だし」
 均目さんも水を一口飲むのでありました。
「そうだよな。何処かの会社に飛び込んでも大体は受付で邪険に扱われるだろうし、若し話しを聞いてくれる所があったとしても、出雲君の様子ときたら如何にも新米の営業見習いみたいな風だろうから、先方も侮るだろうし丁寧には対応してはくれないだろうな。勿論、出雲君自身の事をあれこれ論おうと云う心算ではないよ。あんなふざけた営業方法を考え付いて遣らせている土師尾常務に、殆ど総て問題があるのは云う迄もない話しだ」
「例えば日比課長とかが、その土師尾常務の考えた営業形態に、もう少し細かく検討する必要があるとか云って、良識的なところから待ったを掛けるとか出来ないのかねえ」
「無茶だと内心思っても、日比課長は先ず、土師尾常務には逆らわないだろう」
「土師尾常務に異議を唱えるのが面倒臭いからかな?」
「間違いなく面倒臭いのもあるけど、日比課長は結局、自分の保身以外には無関心な人だからなあ。上辺は出雲君に友好的でも、心根の奥ではそれ程でもないさ」
「片久那制作部長が難色を示す、と云う事も無いか」
「無いだろうね。営業部は営業部だとドライに考えているから、こっちも先ず口出しはしないだろうなあ。土師尾常務に軽蔑の目線くらいは投げるとしても」
「分を守って、先ずは土師尾常務のお手並み拝見、と云う態度か」
「あの人のお手並みなんぞは疾うの昔に知れているだろうから、敢えて自分から営業部のゴタゴタには関わりたくないと云う了見だな、寧ろ。まあ、これが会社存亡の危機になるようなら乗り出してくるとは思うけど、今のところ傍観と云うスタンスだな」
 均目さんが丁度そう云い終る頃に盛んに丼から湯気を立てている、頑治さんの注文したワンタンメンと均目さんの五目ソバが運ばれて来て、夫々の前に、この店でもう随分長く働いている、髪を赤色に染めた若い女店員の手でぞんざいに置かれるのでありました。
「相変わらずがさつなヤツだなあ、あの赤色は」
 丼の縁からはかろうじて零れなかったけれど、中でゆらゆら大時化の海のように揺れている汁を見ながら、均目さんが眉間に縦皺を二本刻むのでありました。
(続)
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