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あなたのとりこ 100 [あなたのとりこ 4 創作]

 刃葉さんが出て行った後でそれとなく頑治さんが土師尾営業部長を窺うと、大いに晴れやかな顔色なんぞをしているのでありました。刃葉さんの自分への恨みの矛先を兎も角も躱して、当面の危機を脱した事への安堵のためでありましょう。それにひょっとしたら瓢箪から駒ではありますが、刃葉さんへ支払う予定の一か月分の賃金をケチり得た満足もあるのでありましょう。しかもそれは自分の一言に依って齎された功績であります。
 頑治さんはふと、嫌なものを見た気がするのでありました。こう云う顔色をあっけらかんだかうっかりだか表わして仕舞う土師尾営業部長のある意味での素朴さを、大いに頼り無く感じたのでありました、こんな人が会社を統べていて大丈夫でありましょうか。

 頑治さんは午前中の発送仕事を熟すために倉庫に下りて行こうとするのでありました。「午前中に業務の車を使うかい?」
 頑治さんが扉のノブに手を掛けた時に袁満さんから声を掛けられるのでありました。
「いや、午前中は梱包をしていますから車は使いません」
「それなら駐車場のエレベーターの上にある俺の車と入れ替えして構わないかな?」
 袁満さんが、俺の車、と云うのは別に袁満さん所有になる車と云うのではなく、袁満さんが専用に出張に使っている会社所有の、前の両ドアに社名の入った白いバンの普通車であります。因みに出雲さんは、贈答社で使える下の駐車スペースが二台分しかないため、普段は赤羽の自分の家の近くに会社で駐車場を借りて貰っていているのでありました。出張に行く時には前日にそこから運転して会社に持って来るのであります。
 袁満さんは明日から出張に出るので、荷物の積み込みとか準備をするために頑治さんにそんな事を訊いたのでありました。
 頑治さんと袁満さんは揃って下の倉庫に下りて行くのでありました。車の上下入れ替え作業を終えてから二人は倉庫に入るのでありましたが、袁満さんはなかなか自分の仕事に取り掛からないで頑治さんの傍に来て今さっきの事務所での出来事に付いて、頑治さんに少し高ぶった口調であれこれものすのでありました。
「もう仕事の方は刃葉さんなんか居なくても大丈夫なんだろう?」
「ええまあ、大体が単純作業だから俺一人でも何とかやれると思いますよ」
「そうだよなあ。そんな込み入った作業じゃないから、一度要領を覚えれば大丈夫だよなあ。でもそんな仕事も刃葉さんはミスばっかりしていたけど」
 ここでそうですねと頷くのも一応会社の先輩である刃葉さんに対して不謹慎であろうから、頑治さんは曖昧に笑って返す言葉を保留するのでありました。
「刃葉さんはかなり土師尾営業部長に対して怒っていたんだろうな」
 袁満さんが梱包の荷物を取りに行こうとする頑治さんの作業を引き留めるように言葉を掛けてくるのでありました。頑治さんは一応礼儀から歩を止めるのでありました。
「見込んだ収入とか、次の就職先を見付ける算段とかが狂ったんじゃないですか」
「そうだよな。でも予定通り辞めるのが一か月後だったところで、事前に次の仕事を探すような周到さは刃葉さんには元々無いだろうから、算段も何も無いんじゃないかな」
(続)
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