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あなたのとりこ 68 [あなたのとりこ 3 創作]

 懐かしい様々な話しに現を忘れていたら喫茶店に入って二時間近くが過ぎているのでありました。頑治さんにしたら久しぶりの心躍る二時間でありましたか。
「せっかく逢えて、後は音沙汰無しと云うのも寂しいから、連絡先教えて置いてよ」
 そろそろ席を立とうかと云う時に夕美さんが、兎の絵の描いてある白地に細かいピンクのチェックの入ったメモ帳を取り出しながら云うのでありました。頑治さんが電話番号を知らせると夕美さんはそれを俯いてメモ帳に書き記すのでありました。
「俺も電話番号聞いて置こうかな」
 夕美さんは頑治さん同様、自分専用の電話をアパートの部屋に引いているのでありました。頑治さんと夕美さんが通っている大学では、一人暮らしで自前の電話を持っている学生なんぞは稀な存在でありましたか。これも、近くに叔母さんが住んでいるとは云え、東京で一人アパート暮らしをする娘への実家のお父さんの配慮からでありましょう。
「メモしないの?」
 頑治さんが聞きっ放しで、特段書き記す気配がない事に夕美さんは不安を感じたようでありましたし。お愛想で聞きはしたけど、実は聞きたいと云う肚は更々無いんじゃないかしらと、そんな落胆の気色も多少窺えるような顔付きでありました。
「もう覚えたよ」
「本当?」
「何なら復唱しようか」
 頑治さんは今聞いた夕美さんの電話番号を繰り返して見せるのでありました。
「ここを出たらすぐ忘れるんじゃないの?」
「そんな事は無いよ。一度聞いた、特に女子の電話番号を即座に暗記するのは、自慢じゃないけど俺の得意技の一つなんだから」
 頑治さんは柄にもない軟派な冗談を嘯くのでありました。
「ふうん」
 夕美さんは未だ疑いの色を眉宇に止めているのでありましたが一応納得するのでありました。本人がそう云う以上、書き記せと強要する訳にもいかないでありましょう。
 その日の夜に頑治さんは夕美さんの住まいの電話を鳴らすのでありました。ちゃんと覚えていた証しであります。夕美さんは安堵したような声で再度納得するのでありました。頑治さんはそれから序に、明日もあの公園で逢う約束を取り付けるのでありました。

 夕美さんがワインを入れたコップを口に運びながら頑治さんに訊くのでありました。
「そう云えば錦華公園が今工事中なのね」
 頑治さんの勤め始めた会社の横を足早に手を繋いで通り過ごして、本郷二丁目の頑治さんのアパートに向かうため錦華公園を横切って山の上ホテルの横に石段を登る時に見た、公園の一角が工事のためにテントで仕切られている光景を夕美さんはふと思い浮かべたのでありましょう。それからワインを一口飲んでコップを置くのでありました。
「ああ、何でも幼稚園を建てるために工事しているそうだけど」
(続)
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