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あなたのとりこ 38 [あなたのとりこ 2 創作]

「本郷に住んでいてもあんまりそっちの方には遠征しないか」
「そうですね。以前散歩で根津神社とか六義園に行った時に通ったくらいで、知人も居なければ今までこれといった縁もありませんでしたからねえ」
「本郷二丁目に住んでいるのなら、後楽園球場に近いかな」
 頑治さんの向い側正面に座る日比課長が言葉を挟むのでありました。
「ええ。壱岐坂を下りきるとすぐですね」
「俺は時々そこに巨人の試合を観に行くよ」
「ああそうですか。ほんの偶にですが王さんとかががホームランを打った時、そこで上がる大歓声が風に乗ってウチのアパートまで聞こえて来る事がありますよ」
「へえ、それは良いねえ」
 別に良くも悪くもないやと野球に然程の興味が無い頑治さんは思うのでありましたが、そう云っては如何にも愛想が無いのでニコニコと笑って見せるのでありました。
「野球とか、好きかい?」
 日比課長が質問を重ねるのでありました。
「いや、それ程でもありません。ラグビーは秩父宮に学校時代の友人に誘われて一度行った事がありますが、野球観戦した事は今まで一度もありませんね」
「ふうん。そうかい」
 日比課長は頑治さんの応えに些か興醒めしたような口調で返すのでありました。
「唐目君の趣味は何?」
 また山尾主任が訊くのでありました。
「いやあ、実はこれと云ってないのです」
「寄席通い、とか云っていなかったっけ?」
 片久那制作部長が言葉を割り込ませるのでありました。
「ああ、寄席には偶に行きます」
 就職面接の席で土師尾営業部長とそのような遣り取りをしたので、そこに一緒に居た片久那制作部長はそれを覚えていたのでありましょう。頑治さんの就職面接なんぞは、呼ばれたから仕方なく同席しているだけで、本当は何の興味も無いと云った態度であったけれど、そこで話された会話はちゃんと聞いていた模様であります。
「落語とか漫才とか、演芸ものが好きなの?」
 山尾主任が訊くのでありありました。
「ええまあ、好きな方ですね。寄席の、雰囲気が好きなんですよ」
「笑うのが好きか、とか真顔で訊かれて面食らったような顔をしていたもんなあ」
 片久那制作部長が可笑しそうに云うのでありました。これは就職面接で土師尾営業部長からされた質問でありました。その土師尾営業部長の、ある意味間抜けな質問をさも揶揄するような口調でここでこうしてものす辺り、片久那制作部長は土師尾営業部長の事を実はあんまり買ってはいないのかも知れないと頑治さんは憶測するのでありました。
「唐目君は笑うのが好きなの?」
(続)
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