あなたのとりこ 34 [あなたのとりこ 2 創作]
刃葉さんが持ち帰った荷を収め了えた後、頑治さんはその前から取り掛かっていた棚の整理整頓作業を続けるのでありました。その間刃葉さんは何の用事があるのか倉庫を出たり入ったりしているのでありましたが、これは午後五時の終業時間まで無意味に時間を潰している営為としか頑治さんには見えないのでありました。
「今日はこれで上がろう。初日からそんなに張り切っていると後が持たないぜ」
これは傍に遣って来て、棚の上で在庫一覧表を片手に荷を移動させている頑治さんに掛けた刃葉さんの笑いながらの言葉でありました。頑治さんはその言葉に、この会社に於ける仕事要領の伊呂波も未だ知らないくせして、出社初日から嫌に甲斐々々しく働いている頑治さんへの当て擦りが下塗りしてあると感じ取るのでありました。
瞬間、頑治さんは眉宇を寄せるのでありました。半人前が聞いた風な科白をぬかすなとすぐに言葉を返したい衝動に駆られるのでありましたが、そこはグッと堪えるのでありました。初日早々、先輩社員と喧嘩をするのもいただけない話しであります。
上の事務所に戻ると帰社していた土師尾営業部長が刃葉さんを待ち受けているのでありました。土師尾営業部長は刃葉さんを手招きするのでありました。
「商品カタログを二百部、至急福岡の姪浜企画に送ってくれないか」
土師尾営業部長は発送指示書を刃葉さんの方に差し出すのでありました。
「もう、仕事時間外じゃないですか」
刃葉さんは自分の腕時計を見ながら露骨に舌打ちをするのでありました。
「それはそうだけど、頼むよ」
「俺はこれから予定があるんですよ」
刃葉さんは鮸膠も無いのでありました。この部下の応対に上司たる土師尾営業部長が先程の頑治さんのようにムッとした顔をするのでありました。
「今日中に送らないと明後日までに九州には届かないだろう」
「もっと早く指示して貰わないとダメですよ」
「今電話があったんだよ。大至急って」
「兎に角俺は今日はダメです。もう、すぐに帰りますよ。そんなに急ぐんだったら部長が自分で送れば良いじゃないですか」
羽葉さんの高飛車でつれない対応に土師尾営業部長が思わず目を吊り上げるのでありましたが、何やら険悪な雰囲気であります。傍の甲斐計子女史はこの云い争いに関わらないために、机の上に開いた帳簿に目を落として無関心を決め込んでいるのでありました。背を向けて座っている日比課長も、日比課長の対面に座っている出張帰りの袁満さんも、素知らぬ風に自分の机の上に目を落して無関係を装っているのでありました。
「あのう、自分が送りましょうか?」
見兼ねた頑治さんが声を掛けるのでありました。睨み合っていた土師尾営業部長と刃葉さんが同時に頑治さんの方に顔を向けるのでありました。二人の怒気を露わにしていた表情が、仲良く一緒に緩むのでありました。
(続)
「今日はこれで上がろう。初日からそんなに張り切っていると後が持たないぜ」
これは傍に遣って来て、棚の上で在庫一覧表を片手に荷を移動させている頑治さんに掛けた刃葉さんの笑いながらの言葉でありました。頑治さんはその言葉に、この会社に於ける仕事要領の伊呂波も未だ知らないくせして、出社初日から嫌に甲斐々々しく働いている頑治さんへの当て擦りが下塗りしてあると感じ取るのでありました。
瞬間、頑治さんは眉宇を寄せるのでありました。半人前が聞いた風な科白をぬかすなとすぐに言葉を返したい衝動に駆られるのでありましたが、そこはグッと堪えるのでありました。初日早々、先輩社員と喧嘩をするのもいただけない話しであります。
上の事務所に戻ると帰社していた土師尾営業部長が刃葉さんを待ち受けているのでありました。土師尾営業部長は刃葉さんを手招きするのでありました。
「商品カタログを二百部、至急福岡の姪浜企画に送ってくれないか」
土師尾営業部長は発送指示書を刃葉さんの方に差し出すのでありました。
「もう、仕事時間外じゃないですか」
刃葉さんは自分の腕時計を見ながら露骨に舌打ちをするのでありました。
「それはそうだけど、頼むよ」
「俺はこれから予定があるんですよ」
刃葉さんは鮸膠も無いのでありました。この部下の応対に上司たる土師尾営業部長が先程の頑治さんのようにムッとした顔をするのでありました。
「今日中に送らないと明後日までに九州には届かないだろう」
「もっと早く指示して貰わないとダメですよ」
「今電話があったんだよ。大至急って」
「兎に角俺は今日はダメです。もう、すぐに帰りますよ。そんなに急ぐんだったら部長が自分で送れば良いじゃないですか」
羽葉さんの高飛車でつれない対応に土師尾営業部長が思わず目を吊り上げるのでありましたが、何やら険悪な雰囲気であります。傍の甲斐計子女史はこの云い争いに関わらないために、机の上に開いた帳簿に目を落として無関心を決め込んでいるのでありました。背を向けて座っている日比課長も、日比課長の対面に座っている出張帰りの袁満さんも、素知らぬ風に自分の机の上に目を落して無関係を装っているのでありました。
「あのう、自分が送りましょうか?」
見兼ねた頑治さんが声を掛けるのでありました。睨み合っていた土師尾営業部長と刃葉さんが同時に頑治さんの方に顔を向けるのでありました。二人の怒気を露わにしていた表情が、仲良く一緒に緩むのでありました。
(続)
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