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お前の番だ! 562 [お前の番だ! 19 創作]

「ああ、その事です」
 真入増太は居住まいを正して万太郎を縋るような目で見るのでありました。「折野先生、どうか俺を助けると思って、うん、と云ってください」
 助ける義理は特に何もないと万太郎は思うのでありましたが、つれなく首を横にふるのも何やら申しわけない思いがするのでありました。しかし、未だ内弟子身分の自分が弟子を取るなんと云うのは、全く以ってあろう筈のない話しであります。
「自分の弟子に、と云うのは勘弁して貰いたいが、総本部に入門して門下生になるのは別に構わないだろう。それで手を打つ気はないかな?」
「俺は折野先生の弟子になりたいのです」
 真入増太はあくまで万太郎の弟子、と云うところに拘るのでありました。
「その了見を変える気がないのなら、自分としてはきっぱりお断りしてこの儘帰って貰うしかない。自分は未だ弟子を取るような身分でも、立場でもない」
 万太郎はやや冷ややかにそう告げるのでありました。万太郎のクールな色を変えない目を暫く見つめていた真入増太は、結局は観念したように俯くのでありました。
「一先ず門下生になれば、折野先生に稽古をつけて貰う事も出来るじゃない」
 あゆみが慰めるように云うのでありました。
「無手法な願望に何時までも拘って、折野先生のお立場を損なう心算がないのなら、総本部の門下生になるのが最も無難で適当な方法だと、自分も思うけどなあ」
 来間が真入増太の決断を促すのでありました。
「判りました。それならそう云う事にします」
 真入増太は暫く俯いた儘考えを回らした後に、さも残念そうに云うのでありました。依怙地に聞き分けがないとか、事の加減を全く理解出来ない男でもなさそうであります。
「ああそうか。それならそう云う事に」
 万太郎は胸を撫で下ろすのでありました。
「じゃあ、これは入会案内と申込書だ」
 来間が慎に手回し良く入会案内の紙を真入増太の前に差し出すのでありました。こうなるだろうと最初から見越していたのでありましょうが、来間もなかなか、以前のような気の利かない生真面目一辺倒、と云うわけではなくなってきたようであります。
 真入増太はその場でボールペンを来間に借りて、そそくさと入門申込書を書き上げて、印鑑がないからとこれも来間に朱肉を借りて爪印を押すのでありました。なかなか潔いと云えば潔いし、そそっかしいと云えば実にそそっかしいとも云えるでありましょうか。
「折角こんな遅くに来てくれて土下座までしてくれたんだから、万ちゃん、お父さんにこれから真入さんを引き逢わせて、入門の挨拶をして貰ってはどうかしら?」
 あゆみが掌を一つポンと打ち鳴らして、そんな提案をするのでありました。一般的には内弟子になろうと云うのならば兎も角、是路総士に新入りの一般門下生が態々差しで挨拶をすると云う風習はないのでありましたが、昨日八王子で万太郎と因縁を持った男と云うのに興をそそられて、あゆみはそんな事を思いついたのでありましょう。
(続)
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