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お前の番だ! 475 [お前の番だ! 16 創作]

 万太郎が一列横隊に並んだ門下生達と別れの挨拶とお辞儀を終えるまで、二人は少し離れた処で控えているのでありました。万太郎がその後二人に近づいて行くと、二人は万太郎より先に、やや深めに低頭して見せるのでありました。
「急遽にお呼び立てしたようで、慎に申しわけございません。この後に何かご用でもおありだったのではないでしょうか?」
 田依里筆頭師範が万太郎に恐懼の顔を向けるのでありました。
「いえ、普段だとこれから、八王子の門下生達と食事に行くだけですから」
「ああ、それをお邪魔したような形になって、恐縮に存じます」
 田依里筆頭師範はまたもや深めに頭を下げて見せるのでありました。実戦系の空手流派崩れで、今は到底良好とは云えない因縁のある興堂流の筆頭師範をしているのでありますから、もう少し尊大な態度で万太郎に対するかと思っていたのでありましたが、存外に低姿勢であるものだから万太郎は少々面食らって仕舞うのでありました。
 ひょっとしたら丁度良い折と、喧嘩でも売る心算かとも当初は疑ったのでありました。しかしこの田依里筆頭師範の低姿勢は、一体全体どんな了見に依るのでありましょう。
「食事だけですから、恐縮を頂く程の事ではありません」
 万太郎は警戒を未だ心の隅に残しつつお辞儀を返すのでありました。
「申し遅れました。私は興堂流の筆頭師範を務めております田依里成介と申します。空手の方は少々嗜みがありますが、常勝流に関しては経験の浅い私が、興堂流の筆頭師範を務めるのは慎に畏れ多い事なのですが、行きがかり上こういう仕儀になっております」
「いや、今では常勝流とは一線を画された興堂流なのですから。・・・」
 万太郎は後の言葉を濁してから、語調を改めるのでありました。「こちらこそ申し遅れました。常勝流総本部道場の教士をしております折野万太郎と申します」
「折野先生のお名前は、以前から存じ上げております」
 田依里筆頭師範はあくまでも辞を低く保つのでありました。「それに私としてはあくまでも、興堂流は今でも常勝流の流れを汲んでいると思っておりますから、勝手な云い分に聞こえるかも知れませんが、常勝流に対する畏敬の念は常に保持しております」
 これはなかなか、威治宗家とは趣が違って、話しの出来る人かも知れないと万太郎は内心驚くのでありました。威治宗家は常勝流とは絶縁した心算でありましょうが、そこの筆頭師範が今、常勝流とは無関係ではないと万太郎に云っているのであります。
「あのう、お話し中ですが、もうすぐ体育館が閉まりますので場所を変えませんか?」
 今まで脇に立った儘黙っていた堂下が横から言葉を挟むのでありました。
「ああそうだな」
 田依里筆頭師範はちらと堂下を見て、その後でまたすぐに万太郎の方に視線を戻すのでありました。「若し億劫でいらっしゃらないならば近くの居酒屋か、食事の出来る処に場所を移してゆっくりしたいと存じますが、折野先生のご都合等は如何でしょう?」
「良いですね。おつきあいさせていただきます」
 万太郎は笑い顔を見せて頷くのでありました。
(続)
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