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お前の番だ! 341 [お前の番だ! 12 創作]

 確かに万太郎の木刀の物打ちは寄敷範士の右手首を捉えているのでありました。
「いや、それはワシにも見えていたが、相打ちか、際どいタイミングで寄敷さんの切り下げの方が一瞬早く、折野の頭上に届いたと見たのだが」
 鳥枝範士が自分の判定に拘るのでありました。
「いやいや、私の木刀は未だ折野の頭に当たっていないけれど、折野の方は私の小手に触っているよ。だから折野の小手打ちの方が早く私を捉えたと云う事だな」
 寄敷範士はそう云ってから万太郎の頭上にある木刀を徐に引くのでありました。片膝を着いて首を竦めていた万太郎も、ゆっくりと立ち上がるのでありました。
「折野、随分腕を上げたな」
 寄敷範士が万太郎に声をかけるのでありました。「この勝負は私の負けだ」
「良い勉強をさせていただきました」
 万太郎はそう云って、誉められた事が嬉しそうに笑むのでありました。万太郎のそんな無心の笑みに寄敷範士も思わず釣られて笑み返すのでありました。
「ようし、では次はワシが仇討ちといくか」
 鳥枝範士が木刀を左手から扱き抜いて、それを軽々と一ふり二ふりしながら道場中央に、満身から意気ごみを放射しながら出てくるのでありました。
「じゃあ私の敵討ちをよろしく頼むよ」
 寄敷範士はそんな冗談を云って鳥枝範士と交代するのでありました。
「いや、ここは一つ鳥枝さんの代わりに、私が出ましょうかな」
 見所の是路総士が声を上げるのでありました。
「総士先生は、若しも門弟頭のワシが折野に返り討ちにされた場合、その後にお出まし願います。ここは総士先生の前に私が行くのが、順序と云うものでしょう」
 万太郎はそんな鳥枝範士の時代がかったもの云いを聞きながら、何やら自分が道場荒らしに来た諸国を行脚する武芸者にでもなったような心持ちがして、妙に愉快になるのでありました。しかしだからと云ってここで無意識にも口元を綻ばせたりして、若しそれを見咎めたなら鳥枝範士は屹度万太郎の慢心と誤解するでありましょうから、万太郎は閉じた唇の中で歯を食いしばって頬が笑みを作るのを必死に食い止めようとするのでありました。
「いやいや、これはあくまでも同門の修行者同士の稽古なのですから、そう云わずに」
 是路総士はそう云って壁の木刀かけから自分の木刀を右手で取って、見所を下りてくるのでありました。こうなったら、いいやそれでも自分が先に、とは幾ら朋輩の仇討ちに燃える鳥枝範士とて云い張り難いと云うものでありましょう。
 万太郎と対峙すると是路総士は全く構えないのでありました。自然に垂らした右手に木刀を無造作に持って、自然体で万太郎の方に体を向けているのでありました。
 万太郎はこれまでの試合で少し上がった息を殺して正眼に構えるのでありましたが、打ちこむ隙を全く見出せないのでありました。万太郎の剣気に是路総士が気後れする筈もなく、万太郎が足を前に送ればその分ゆったりと下がり、右に回ろうとすれば同じく右回りに体の正面を万太郎にあわせて、間合いの主導権を万太郎に渡さないのでありました。
(続)
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U3

時代物にはわたしも興味があります。
庶民物が好きですが。
by U3 (2015-12-07 17:28) 

汎武

U3さんコメントを有難うございます。
拙生はこの「いい歳」になるまで、池波正太郎氏とか山本周五郎氏等くらいしか「時代もの」は読んでおりませんでした。所謂「歴史もの」は興味がありましたが、しかし誰の作品が好きかと問われれば、坂口安吾氏の『信長』に尽きる、等と嘯くのを常としておりました。
さてところで、云わずもがなではありますが、拙作は武道の世界を舞台にしておりますものの、歴とした「現代もの」であります。まあ、「庶民もの」ではありましょうが。若しよろしければ乞通読。
by 汎武 (2015-12-07 18:45) 

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