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お前の番だ! 310 [お前の番だ! 11 創作]

「ああ、そう云われれば確かにそうですね」
 実は是路総士の第二点目の疑問は、万太郎もちらと考えてはいたのでありました。
「お父さんは威治さんを一人の人間として心許なく思っているようだし、威治さんの良からぬ評判も、あれこれ直接間接に聞き及んではいるって云っていたわ」
「そんな男に、大事な一人娘を嫁に遣るのはご免だと云う事ですね」
「ま、そうね。で、お父さんはそう云った話しの場合は、あたしの意向が何より第一だと考えているんだって。常勝流の跡目の事とか、家の内の事とかは二の次だって云ってくれたわ。だから若しあたしがその話しを受ける気があるようなら、威治さんには色々不満もあるけれど、でもあくまであたしの意向を先ずは尊重するつもりではいたんだって」
「総士先生は、なかなか物分かりの良いお父さんですね」
「ま、本心はどうだか判らないけどね」
 あゆみはここでちょっと懐疑的な物云いをするのでありました。しかしあの是路総士ならば、云っている事が即ち本心そのものであろうと万太郎には思われるのでありました。
 あゆみが、本心は判らない、と云うのは、照れからくる実の娘ならではの辛口加減を万太郎に表明したものと取るべきでありましょう。長く仕えた内弟子として見れば是路総士は到って、言葉に虚飾や必要以上の含みを持たせない、簡潔である事を尊ぶ人であります。
「総士先生のおっしゃる事は、その儘おっしゃる通りの事ですよ」
 万太郎のこの言葉は、抗弁と云うのではなくて一種の相槌と云うものでありましょう。
「まあ、それはそれとして、あたしの意向を先ず尊重するって事は、つまりあたしが威治さんと一緒になる気が更々ないと云うなら、それを尊重するって事になるのねって、あたしお父さんに確認したの。そうしたらお父さんは、そうだって頷いたの。それであたしはちょっと気分が楽になったのよ。お父さんは、あたしが威治さんと一緒になっても良いと云ったとしたら、その場合の方が寧ろ悩ましかったかな、なんて事もつけ足したわ」
「じゃあ、まあ、それで懸案解決じゃないですか」
 万太郎はあゆみに笑い顔を向けるのでありました。
「一先ずはね。だからかしら、あたし何だか急にお腹が減ってきたのよ」
「ああ成程。しかしコーヒーやクラッカーを口に入れる程度の食欲は出ても、本格的な食事としてカレーを食べるのは未だ無理だと云う辺りの、気分の楽さ加減と云うのか、食欲の湧き方加減と云うのか、それは一体どういう按配でそうなっているのでしょうかね?」
 そう訊きながらこの嫌にまわりくどい云い方なんと云うもので、あゆみに上手くこちらの質問の謂いが通じたろうかと、万太郎は云った傍から心配するのでありました。
「あたしのお腹が充分減らないのは、未だ懸案がすっかり解決したと云う気分じゃないからかって、そう万ちゃんは聞きたいわけね?」
「まあ、あっさり云えばそうです。総士先生のお言葉だけでは、あゆみさんは充分に安堵がお出来にならいのかなと思いまして」
「それはね、道分先生を失望させる事になるのが、億劫な事の一つよ」
 あゆみはそう云ってまたクラッカーを頬張るのでありました。
(続)
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