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お前の番だ! 249 [お前の番だ! 9 創作]

 興堂範士のその言葉を聞きながら、万太郎は心の内が少々冷えるのでありました。興堂範士の出張指導が定期になるのは大歓迎でありますが、威治教士が一緒について来てあゆみと親しく交流すると云うのは、何か余計な事のように感じるのでありました。
「それでは出張稽古の件はよろしくお願いしましょうかな」
 是路総士がまた目礼を興堂範士に送るのでありました。
「如何にも承知しましたぞ。ここがあにさんへの日頃の感謝の気持ちの見せどころと、ワシとしても大いに張り切らせて貰いますわい」
 興堂範士はベッドの是路総士に深くお辞儀するのでありました。「さて、長居してあにさんを疲れさせるのも何ですから、ワシはこの辺で退散いたしますかな。出張指導の方は後で寄敷君や鳥枝君と日取りや時間等の委細をつめるとしましょう」
 頭を起こした興堂範士がそう云いながら寄敷範士を見るのでありました。
「私の方からもよろしくお願いいたします」
 寄敷範士が先程の興堂範士と同じくらいに頭を下げるのでありました。寄敷範士の後ろに立っていた万太郎も、同程度に一緒に低頭するのでありました。
 万太郎は帰途につく興堂範士と花司馬筆頭教士を病院の玄関まで送るのでありました。二人の乗ったタクシーが成城学園前駅に向かって走り出し、車が視界から消えるまで万太郎は浅くお辞儀した姿勢の儘で見送るのでありました。
 病室へ戻ると寄敷範士も帰り支度をしているのでありました。
「さて折野、我々もお暇するぞ」
 寄敷範士は万太郎にそう云ってベッド脇の椅子から立つのでありました。
「道分先生からいただいた果物はどうしましょうか?」
 万太郎は是路総士に問うのでありました。
「中の酒だけ残して、後は家に持って帰って皆で食えば良い。こんなにたんとあっては、食い切れないで持て余す事になるだろうからなあ」
「林檎とかバナナとかを少し残して、後は持って帰りますか?」
「いや、この篭の儘置いておいた方が良いでしょう」
 寄敷範士がふと思いついたように云うのでありました。「酒だけ残しておいたら、屹度看護婦とか掃除の人に見つかるでしょう。その台やベッド近辺に隠し場所はありませんし」
 寄敷範士はベッド脇の台を指差すのでありました。「この果物篭に忍ばせておけば多分見つかりはしないでしょうよ。まさか連中が見舞いの果物篭の中まで手を入れる事はないでしょうからなあ。無難な隠し場所として、間違いなくこの篭は重宝しますよ」
「ああ成程。流石寄敷さん、なかなかの悪巧みだ」
「いやいや、お誉めに与って恐縮です」
 寄敷範士は得意気な笑みを浮かべて頭を掻くのでありました。
「と云う事で、その果物篭は置いていってくれ」
 是路総士が万太郎に指示するのでありました。
「押忍。承りました」
(続)
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