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お前の番だ! 136 [お前の番だ! 5 創作]

 熱燗の番をする良平の横で万太郎が自分達の使った皿を洗っていると、廊下をこちらに向かって来る気配が伝わってくるのでありました。それは威治教士のものでありました。
 万太郎は急ぎ手を拭き、引き戸の脇に佇んで廊下を曲がった威治教士の姿が現れるのを待つのでありました。万太郎が早手回しに控えているのを見て、威治教士は一瞬少し驚いたような顔をして歩を止めるのでありました。
「押忍、御不浄でしょうか?」
 万太郎が訊くと威治教士はジロリと万太郎を睨んで無愛想に一度頷くのでありました。万太郎は浅く一礼してから厠まで廊下を先導するのでありました。
 威治教士は前に何度か総本部道場を訪っていたし、母屋の厠の在り処も既に知っているとは思われるものの、一応お客への礼儀から万太郎は先導を買って出たのでありました。二人は押し黙った儘廊下を進むのでありましたが、威治教士が何か話しかけない以上、殊更に万太郎の方から愛想の言葉を発する必要はないでありましょう。
 万太郎は威治教士が用を済ませて厠から出てくるまで外で控えているのでありました。それからまた廊下を先導して台所の引き戸まで戻るのでありましたが、途中で万太郎の無言が気づまりになったのか威治教士が後ろから声をかけるのでありました。
「あゆみさんは何時も遅いのか?」
「押忍。八王子の出張指導では、稽古後に門下生と皆で食事をするのが慣例となっていますので、何時も戻りは遅くなります」
 万太郎はふり返って、しかし歩を止めないでそう応えてから目礼するのでありました。
「ああそうか」
 威治教士はそう云ってからすぐに、万太郎の視線から少し目を逸らすのでありました。

 黒帯取得の門下生数名でのお祝い会から戻った万太郎と良平に、食堂に居たあゆみが声をかけるのでありました。
「あら、そんなに遅くならなかったのね」
「押忍。三方さんが急ピッチで出来上がって眠って仕舞ったものだから、少し早目にお開きとなりましたので」
 良平がそう応えながら椅子に腰を下ろすのでありました。万太郎は流し台の方へ行ってコップ二つに水道水を入れようとするのでありました。
「万ちゃん、お水じゃなくて、冷蔵庫に麦茶が冷やしてあるからそれを飲めば?」
 あゆみが水道の蛇口を捻ろうとした万太郎に云うのでありました。
「押忍。それじゃあそっちをいただきます」
 万太郎は冷蔵庫から麦茶を取り出して二つのコップに注いで、一つを良平の前に置いてから横の椅子に座るのでありました。
「それで三方さんはどうしたの?」
「来間さんが帰る方向が一緒だからと、仙川駅まで負ぶってその儘連れて行かれました」
 麦茶を一口飲んでから良平が応えるのでありました。
(続)
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