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お前の番だ! 62 [お前の番だ! 3 創作]

 廊下に人の気配がするのでありました。
「失礼します」
 そう云って静々と障子を開けたのは良平でありました。良平は鳥枝範士に献じる茶を持ってきたようでありました。
 鳥枝範士の前に茶碗を置くと、良平はすぐに立ち去らず、座卓から少し下がった位置に正坐して万太郎の方を見ているのでありました。今度新しく入る事になった自分の後輩内弟子たる万太郎に、興味津々と云った風情であります。
「こら面能美、そんなところに落ち着いていないで、道場の畳の拭き掃除でもしていろ」
 鳥枝範士が良平を睨むのでありました。
「ああ、押忍」
 良平は慌てて表情を引き締めて鳥枝範士に座礼し、控えの間をすごすごと出ていくのでありました。何となく愛嬌のある同い歳の兄弟子であります。
「さて、何時から道場に転がりこむか?」
 良平が障子を閉めた後、鳥枝範士が訊くのでありました。
「先程総士先生にお許しを得て、大学を卒業するまでは通いの内弟子で良いと云う事になりました。稽古には明日から参加させていただきます」
「ああそうか」
 鳥枝範士は無表情にそう云うのでありました。そんな甘っちょろい事を云っとらんで、等とすぐさま大喝しないところを見ると、そう云う事情に特段文句はないようであります。
「稽古は内弟子稽古も含めて全部出るのか?」
「総士先生には未だ内弟子稽古は無理だろうから、一般稽古で体を慣らせとおっしゃっていただきました。しかし僕としては可能な限りの稽古に出たいと思います」
「ま、確かにいきなり内弟子稽古に来られても足手纏いにしかならんからな」
「それから通いの期間中も時間の許す限り道場に居るようにしたいと思っています。僕としても早く内弟子の仕事に慣れたいので」
「ふむ。結構な心がけではある」
 鳥枝範士は無愛想な顔の儘でありながらも、大きく頷くのでありました。
 この後、内弟子仕事の具体的なところを鳥枝範士は結構細々と万太郎に語って聞かせるのでありました。なかなか大変そうではあるものの、一旦内弟子として入門する限りは、万太郎はそれを以って俄に気後れを感じるとか尻ごみする事はないのでありました。
 はっきり自分で決めた以上、万太郎は以後の事を先走りしてあれこれ心配してみたり、悲観的な観測に支配されたりする気性ではないのでありました。これは、潔い、とか云うのではなくて、少年時代から養われた彼の呑気さにひたすら由来するのでありましたが。
 鳥枝範士との話し、と云うのか、今後の打ちあわせを終えた万太郎は、その日はもう一般稽古がないのでそれで道場を後にする事になるのでありました。万太郎が師範控えの間に残る鳥枝範士に丁重な座礼をすると、意外な事に、鳥枝範士も先の是路総士と同様に、畳に両掌をついて威儀を正して万太郎に向かって頭を下げるのでありました。
(続)
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