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もうじやのたわむれ 294 [もうじやのたわむれ 10 創作]

 補佐官筆頭はそんな繰り言をゴニョゴニョと述べるのでありました。
「ああそうですか。それはお気の毒ですね。でしたら出張旅行は明後日からと云う事にしては如何でしょう? そうすれば奥方様のお小言を聞かなくても済みますから」
 余計な提案かとは思うのでありましたが、拙生はそう云ってみるのでありました。
「そうもいきません。亡者様が仮の姿でいられる時間に限りがありますので、貴方様の仰る明後日その日までに、何とか片をつけなくてはなりませんから」
「ああそうですか。それは何とも拍子の悪い事ですなあ」
 拙生はあくまで呑気に、他人事のような顔をして頷くのでありました。
「いやここで、あれこれ愚痴を並べていても仕方がありません」
 補佐官筆頭はそう云うと一鬼の補佐官に、応接室に待たせてある、亡者生理研究所の研究者への聞きとり調査キャンセルの伝令を指示たり、別の補佐官には三途の川渡河船の往復チケットを手配するよう指示したり、上司に内線電話で緊急事態発生の連絡を入れたり、序でに別の外線電話で自分の家に、明日の息子さんの大学入試の結果発表を見に行けなくなった事情を告げたりと、慌ただしく立ち働くのでありました。自分の家への電話では、電話機に向かって何度もお辞儀をしているのでありましたが、これは受話器の向こうにいる奥さんに、只管謝っているためでありましょう。その様子を見ていると、拙生は娑婆時代の自分を思い出して、何となく身につまされて、無表情ではいられないのでありました。
 しかし前にも同じような事態を経験しているせいか、補佐官筆頭の要領を得たきびきびとした対処には、どことなく安定感が感じられて、結構手慣れた風情なんぞも感得出来るのでありました。香露木閻魔大王官の補佐官となって仕舞った彼の鬼には、他の補佐官では経験出来ない、様々な応変の事務処理能力が屹度養成されるでありましょう。それが彼の鬼の抜群のキャリアとなって、将来の出世に大いに寄与すればと、拙生はニヤニヤ笑いを浮かべて補佐官筆頭の慌ただしい動きを目で追いながら、切に祈るのみでありました。
「ちょっと、主席事務官室に行って打ちあわせをしてきます」
 補佐官筆頭が拙生に告げるのでありました。
「主席事務官と云うと、閻魔庁のトップの方でしょうか?」
「ま、そうです」
「その方が閻魔庁では一番偉い方なのですかね?」
「事務方のトップです」
「閻魔大王官とどちらが偉いのでしょう?」
「閻魔大王官は云わば権威としての閻魔庁の象徴でありまして、職務ライン上では主席事務官がトップとなります。その上に閻魔庁長官と云う大臣がおりますが、こちらは政治家さんで、ずうっと大臣を務めるわけではありませんし、要は上がって来た事案書類に決裁印を押すだけの仕事ですから、ま、色々差し障りがあるかも知れませんが、事務方トップの首席事務官が事実上のボスとお考えになって結構です。閻魔大王官は云ってみれば大臣と同格となるわけです。ま、実務としては審理の主催者であると云うだけです。それにその審理も御案内のように、亡者様のご希望を追認すると云うだけの至って気楽な仕事です」
(続)
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