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もうじやのたわむれ 130 [もうじやのたわむれ 5 創作]

「どちらかと云うと慎ましやかな召しあがり方でした」
「それにつけても、その俳句とか俳諧の話しじゃがな」
 閻魔大王官が再び後ろの補佐官筆頭の方に上体を捻るのでありましたが、その窮屈な姿勢に辟易してゆっくり体を元に戻しながら続けるのでありました。「ところでお主、ワシの後ろにいないで前に回って来てくれんかの。一々後ろを向くのはしんどうて叶わんでのう」
 そう請われて、補佐官筆頭が文机をぐるっと回って拙生の隣に立つのでありました。
「ここで宜しゅうございますか?」
「ほい、結構々々」
 閻魔大王官が頷くのでありました。「その大酒との俳諧の話しの内容じゃが、どんな事を二人して話したのじゃな? ワシはあんまりそっちの方面には詳しくはないから、大まかなところだけちょこっと掻い摘んで、按配良う云うてみい」
「そうですねえ、まあ大いに為になったのは、句作についての具体的なご教示を、私が大酒さんから頂いたと云った事でしょうかねえ」
 補佐官筆頭がそう云いながら、その時の宴の様子を思い出そうとして天井を向くのでありました。その動作に閻魔大王官も釣られて上を向けば、拙生も同じように釣られて、補佐官筆頭が眺めている天井の一点に目を向けるのでありました。
「専門的なところは抜きにして、あくまで掻い摘んで頼むぞい」
 閻魔大王官は上を向いた儘、念を押すのでありました。暫くの間天井を見上げていた補佐官筆頭が徐に目線を閻魔大王官の方に戻すと、その気配を察して、閻魔大王官の拙生も顔を元の位置に戻すのでありました。丁度首がくたびれ始める頃あいでありました。
「大酒さんがお題というか、季語を幾つか挙げられまして、その季語を詠みこんだ句を私が色々考えてみるなんと云う事をやりましたね、確か」
「そのお題とは?」
 閻魔大王官が首を摩りながら訊くのでありました。
「その時に頂いたのが、先程私が披露した、狩人に追っかけられて猿滑り、と云う句の、百日紅、でしたし、福寿草、でしたし、春雨、でしたし、朝顔でしたし、初雪でした」
「その場で先程披露して貰うた句を、お主はすぐに作ったのかえ?」
「いや、ああでもないこうでもないと色々二人で推敲致しました。狩人、の句は最初は、私は、さるすべり、ウチの庭木にそれはない、としました。すると、それではその句を詠んだ主体の孤立した儘の情緒が閉鎖的完結的に、呑気に知覚表象されているに過ぎないので、古いスコラ哲学的本質存在と云う残滓の中から一歩も新しい地平に踏み出していない。全体が在ってこその個であるとか、関係的存在としてしか個は生きられないと云う我々の実在本質への洞察とか、その本質への苛立ちとかルサンチマンとか、我々が秘め持つところの一種の恐怖とかが句から漂ってこないので、その句の芸術性は低いでしょう、なんと大酒さんがなにやら小難しい事を仰い出しましてね、私はたじろぎましたよ。その大酒さんの仰る事は全くチンプンカンプンだったのですが、そこはまあ一応礼儀から、ははあ、なんとこちらも小難しそうな陰鬱な顔で、眉間に皺を寄せて無難に愛想をしていたのです」
(続)
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