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大きな栗の木の下で 56 [大きな栗の木の下で 2 創作]

 地道に、地味な活動をしていたら、その内にひょっとしたら急に人気に火がつくかもしれないなんて、事務所の偉い人に云われたりもするらしいけど、偉い人にそう云われて急にヒットした曲なんて、今までにそんなにあるわけがないじゃないかって、矢岳君はあたしに云うの。それに自分がやっている今の活動は、結局関係者皆の尻拭いじゃないかとも云うのね。出す時は皆で寄ってたかってひと儲けしようとレコード出したくせに、それが目算違いになると歌を担当した俺達のバンドだけに後片づけを押しつけているってさ。
 そう云う云い方って、あたしはなんか潔くないと思ったけど、でもそれは矢岳君には云わなかったけどね。だってそんなこと、云えるわけないじゃない。
 矢岳君はそんな愚痴を零しつつも、まあ、生真面目に云われた仕事をしていたわ。それは、矢岳君は否定したけど、でもひょっとしたら万が一本当に、急に人気に火がつくことだってあるかも知れないって、そう云う期待みたいなものを、結構本気で持っていたからだと思うの。それがなかったら、屹度矢岳君すぐに仕事を辞めていたでしょうね。なにも期待せずに、ただ、目前のことを秘かに全力で、地道にこつこつやるってタイプじゃないからさ。そんな持久力のある人じゃ、絶対ないからさ。・・・>

 白地に黒い斑点のある鳥は、何時の間にか木蔭の中から居なくなっているのでありました。鳥が飛んで行ったところを、御船さんは目撃してはいないのでありました。
「それはそうと、さっきの鳥だけど、いなくなっちゃったなあ」
 御船さんが沙代子さんに云うのでありました。云った後ですぐ、ここで急に鳥のことを自分が云い出したのは、沙代子さんの話を疎んでいることのサインであると、沙代子さんが誤解しはしないだろうかと心配になるのでありました。
「そう云えば、そうね」
 沙代子さんは海に向けていた視線を一端御船さんに戻して、それから鳥を探すために辺りを見回すのでありました。
「俺達が話にかまけていてちっとも注意を向けないものだから、お呼びでないかって、拗ねて飛んでいっちゃったかな」
「そうかもね」
 沙代子さんはそう云って肩を竦めて御船さんに笑って見せるのでありました。肩を竦めた時に片方の髪の毛が少し持ちあがって、沙代子さんの白い耳朶が髪の間に仄かに覗くのでありました。御船さんの目はすぐそこに向かうのでありました。
「この近辺のどれかの木に、巣があるんだろうか?」
「そこに、屹度子供が居るのね。だから餌を運ばないといけないから、ああやって時々この木蔭なんかにも降りて、赤ちゃん鳥のために餌を探しているのよ」
「でも、鳥の子育ての時期と云うのは、この時期なのかい?」
「さあ。鳥の生態とか、本当はあたしそう云うのは全く知らないんだけど、でも、なんとなくそうかなって思ってさ。あの鳥は親鳥で、家で待つ子供のために毎日朝から日が落ちるまで、ああやって一生懸命餌を探しているのかなって」
(続)
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