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石の下の楽土には 8 [石の下の楽土には 1 創作]

「秀ちゃんはそれなのに、のんびりアルバイトなんかしてていいの、この時期?」
 島原さんは手酌で猪口を一杯傾けてから拙生に聞くのでありました。
「実はまともな就職活動なんて、ちっともしなかったんですよ、今年も。だから、当分ここで働かせて貰って、将来は飲み屋のおやじもいいかなって、最近思うわけですよ」
「ふうん。まあとんでもない不況だから、若い人は大変だよね。僕等はもう年金生活だから、あんまり今の不況も身に沁みないけど」
「ほい、刺身の盛りあわせ、上がり」
 小浜さんが包丁を置きながら拙生に声をかけるのでありました。拙生は島原さんに一礼して出来上がった刺身の盛りあわせを盆に載せると、それを注文のあったテーブル席の方へ運ぶのでありました。運んだ皿を席に置いた時丁度、お愛想をと云う声が他の席から上がるのでありました。
「はい、只今」
 拙生は刺身の盛りあわせを運んだ席に一礼して、カウンターの端に置いてあるお愛想の席の伝票を取るとそこへ急行するのでありました。
「それじゃあ、なにかとご不自由でしょうねえ」
 帰る客を送り出してカウンターの中へ戻ると、小浜さんが島原さんにそんなことを云っているのでありました。
「でもぼちぼち、慣れましたよ」
「いやね、島原さんは一人暮らしなんだってさ」
 小浜さんが拙生の方を向いて云うのでありました。「二年前に奥様を亡くされて、それからはずっと自分で家事をされているんだと」
「ああ、そうなんですか」
 拙生は島原さんに顔を向けるのでありました。
「まあ、年金暮らしで毎日遊んでいるようなものだから、洗濯とか部屋の片づけとか掃除は苦にはならないんだけど、私は無精な性質だから、女房がやっていたみたいにまめには出来ないですけどね」
「三度の食事は、どうされてるんです?」
 小浜さんが聞くのでありました。
「歳をとると量も減るし、元々凝った料理とか味なんかにもそんなに興味もなかったから、適当にと云うのか、いい加減にやってますよ」
「なかなか面倒なことが多いですよね、一人暮らしは。自分も東京へ出てきてからはずっと、アパートでの一人暮らしですけど」
 拙生はそう云って島原さんに笑いかけるのでありました。
「秀ちゃんはここで働いているんだから、料理の腕も上がったでしょう?」
「いやあ、とてもとても。第一、調理の方は自分は手を出しませんから」
「アタシはまあ、料理は得意な方ですよ、ちょっと意外かも知れませんが」
 小浜さんがおどけてそんなことを云うのでありました。
(続)
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