枯葉の髪飾りCⅩL [枯葉の髪飾り 5 創作]
「結構疲れたやろう、一昨日の倍以上歩いたことになるけん」
拙生は公園のベンチに座ってから吉岡佳世に聞くのでありました。
「うん、まあ、ちょっと疲れた」
吉岡佳世が云います。
「大丈夫や?」
「うん、大丈夫。具合の悪う、なってるわけやないし」
「家で、お母さんの心配しよらすとやなかろうか?」
「大丈夫さ。井渕君と一緒て、知っとらすから」
風が吹いて来て拙生と彼女の前髪を揺らすのでありました。少し汗ばんだ額に風が心地よく感じられます。
「気持ちのよか風ね」
吉岡佳世が云うのでありました。
「もうすっかり、春ぞ」
拙生はそう云いながら銀杏の木を見上げるのでありましたが、春とは云ってもまだ銀杏の木は裸の儘でありました。
「あと十日ちょっとで、お別れて云うことになるね」
吉岡佳世が足下に視線を落として呟くのでありました。
「お別れて、そがん云い方は当たっとらんぞ」
拙生は少しむきになって彼女の言葉を訂正しようとするのでありました。「夏休みまでの四か月間、ちょっと離れとくだけ。お別れじゃなか」
拙生は彼女の「お別れ」と云う言葉を忌むのでありましたが。・・・
「それはそうやけど、なんか、やっぱり、考えたら寂しかもん」
「寂しかとは、オイも一緒やけどさ」
「本当に、それでお別れなんかに、ならんよね?」
「そがんことの、あるはずなかやっか」
拙生は彼女のくよくよする気持ちも、取り越し苦労も充分判るのでありましたが、しかしそれはきっぱり否定し去らなければならないと焦るのでありました。とても低い確率ながら過剰な不安が妙な化学反応を起こして、現実を変えてしまうことだってひょっとしたら在るかもしれませんから。ですから拙生は彼女の中に蟠る不安が、彼女の中でふとした拍子に激しく波立つのが怖いのでありました。
「四ヶ月くらい、あっと云う間に経つくさ。それに、一年もあっと云う間・・・」
彼女がいきなり拙生に抱きつくのでありました。拙生の言葉の続きが呆気なく風に攫われてしまうのでありました。
もう、拙生は彼女の力よりも強く彼女を抱き締めるだけでありました。傍目も憚らず長く二人はそうやっているのでありました。何度かお互いの唇を求め、その後にきつく互いの体を自分に密着させようとします。まるで引き離されることに必死に抗う弱い磁力しか持たない磁石のように。
(続)
拙生は公園のベンチに座ってから吉岡佳世に聞くのでありました。
「うん、まあ、ちょっと疲れた」
吉岡佳世が云います。
「大丈夫や?」
「うん、大丈夫。具合の悪う、なってるわけやないし」
「家で、お母さんの心配しよらすとやなかろうか?」
「大丈夫さ。井渕君と一緒て、知っとらすから」
風が吹いて来て拙生と彼女の前髪を揺らすのでありました。少し汗ばんだ額に風が心地よく感じられます。
「気持ちのよか風ね」
吉岡佳世が云うのでありました。
「もうすっかり、春ぞ」
拙生はそう云いながら銀杏の木を見上げるのでありましたが、春とは云ってもまだ銀杏の木は裸の儘でありました。
「あと十日ちょっとで、お別れて云うことになるね」
吉岡佳世が足下に視線を落として呟くのでありました。
「お別れて、そがん云い方は当たっとらんぞ」
拙生は少しむきになって彼女の言葉を訂正しようとするのでありました。「夏休みまでの四か月間、ちょっと離れとくだけ。お別れじゃなか」
拙生は彼女の「お別れ」と云う言葉を忌むのでありましたが。・・・
「それはそうやけど、なんか、やっぱり、考えたら寂しかもん」
「寂しかとは、オイも一緒やけどさ」
「本当に、それでお別れなんかに、ならんよね?」
「そがんことの、あるはずなかやっか」
拙生は彼女のくよくよする気持ちも、取り越し苦労も充分判るのでありましたが、しかしそれはきっぱり否定し去らなければならないと焦るのでありました。とても低い確率ながら過剰な不安が妙な化学反応を起こして、現実を変えてしまうことだってひょっとしたら在るかもしれませんから。ですから拙生は彼女の中に蟠る不安が、彼女の中でふとした拍子に激しく波立つのが怖いのでありました。
「四ヶ月くらい、あっと云う間に経つくさ。それに、一年もあっと云う間・・・」
彼女がいきなり拙生に抱きつくのでありました。拙生の言葉の続きが呆気なく風に攫われてしまうのでありました。
もう、拙生は彼女の力よりも強く彼女を抱き締めるだけでありました。傍目も憚らず長く二人はそうやっているのでありました。何度かお互いの唇を求め、その後にきつく互いの体を自分に密着させようとします。まるで引き離されることに必死に抗う弱い磁力しか持たない磁石のように。
(続)
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