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枯葉の髪飾りⅩLⅢ [枯葉の髪飾り 2 創作]

「いや、勝手に来たとです。済んません」
 拙生はそう云って頭を下げるのでありました。
「そがん勝手に学校ば抜け出したら駄目やろうもん。体育祭も授業の一環ぞ」
「はい、判っとります。済んません」
「お前は何時から吉岡の保護者になったとか?」
「いや、そがん者にはなっとらんです」
「そんなら授業ば抜け出してまで、なんでお前が此処に来る必要のあるとか?」
 坂下先生が故意に抑揚を抑えたような口調で云います。
「心配で、堪らんやったけん・・・」
 拙生としてはそう云うしかなかったのでありました。
「ああそうか。心配で堪らんやったか。成程ね」
 坂下先生はそう云って、急に打ち解けたように笑い出すのでありました。「井渕が吉岡と付きおうとるとは、噂で知っとったし、吉岡のお母さんからもこの前聞いとった。お前がなにかにつけようしてくれるて、お母さんも喜んどらしたぞ。それに特段そのせいでお前の成績が落ちるわけでもなかったけん、ま、担任としては結構なことと思うとった。お前は元々そがん良か成績でもなかったけど」
 拙生は学校を勝手に抜け出したことをここで厳しく問い質されるものと思ったし、それに対して先生を納得させるだけの何の有効な理由も用意してはいなかったので、その坂下先生の反応は意外でありました。呆気に取られたような表情をしているはずの拙生を見ながら、坂下先生はニヤっと笑ってから目を離し、そのまま前の診療室の扉の方を向いてまた腕組みをするのでありました。
 しばらくすると診療室の扉が開いて、吉岡佳世が体操服姿のまま、彼女のお母さんにつき添われて出て来るのでありました。拙生と坂下先生は同時に長椅子から立ち上がります。
「ああ、井渕君」
 彼女のお母さんが拙生の姿を認めて声をかけます。拙生はお母さんに一礼して吉岡佳世の方を見るのでありました。吉岡佳世は先ず拙生がここに居ることに驚きの表情をして、次に照れ臭そうに拙生に笑いかけ、照れ隠しの積もりか茶目っ気たっぷりに腰の辺りで小さく手を振るのでありました。
「どがんやったですか?」
 坂下先生が彼女のお母さんにそう聞きます。
「はい、お陰さんで、そがん大したことじゃなかようです。疲れから、ちょっと具合の悪うなったとやろうて云うことのごたるです。心電図とかもそがん変じゃなかようですし」
「ああ、そうですか。差し当たり安心しました。一日中戸外に居るとは無理やったとでしょうかね。私ももう少し気ば遣えばよかったです。済みません」
 坂下先生が彼女のお母さんに云います。
「いえいえ、偶々具合の悪うなっただけで、本来は大丈夫とでしょうけど」
 恐縮そうにお母さんは坂下先生に何度か深々と頭を下げるのでありました。
(続)
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