SSブログ

あなたのとりこ 748 [あなたのとりこ 25 創作]

 さてそうなると、取り敢えずの手段として飯田橋の職安にでも出向くと云う事になるのであります。他に新聞の求人欄とか、折り込み広告に掲載されているところとかもあるでありましょう。この前贈答社に就職する折は職安で紹介を受けたのでありましたが、それも結局短期間で職を失うと云う結果になったのでありました。
 依って、別にげんを担ぐとか云う訳ではないのでありましたが、今回は新聞とか折り込みを先ず利用してみると云う手もあるかと考えるのでありました。学生時代からあんまり詳しく読むと云うのではありませんでしたが、一応新聞は朝刊だけは惰性でずっと取り続けているので、今朝のものを手に取ってペラペラと紙面を繰ってみるのでありました。
 職種は特に拘りはないのでありましたけれど、まあ何となく気楽な仕事で、そこそこ生活が立ち行く程の賃金が得られればそれで良かろうと思いながら、並んでいる順にいくつかの記事を読んでみるのでありましたが、なかなかピンとくるものは見付けられないのでありました。そんな漠然とした希望で探しても、それは確かにこれと云った仕事は探し得ないでありましょう。まあそうなると、贈答社で遣っていた倉庫の仕事とか梱包配送及び車での配達仕事云うのが、まあ当面一番無難な線と云う事になるでありましょうか。
 帯に短し襷に長し、なんと云う言葉を頭の隅に思い浮かべながら暫く求人欄の紙面に見入っていると、突然電話の呼び出し音が頑治さんの耳朶を揺らすのでありました。頑治さんは受話器を取り上げてそれを耳に宛がうのでありました。
「ああ、あたし。こんな時間にご免なさい」
 それは夕美さんの声でありました。
「別にそんな夜更けでもないから謝る必要はないよ」
 そう応えながら、しかし電話を掛けるには不自然な程遅い時間だと夕美さんの方は思ったから、先ずそう謝ったのでありましょう。と云う事は夕美さんとしては大いに遅いにも関わらずこうして電話をしてきたという事でありますか。それはつまり何か不測の事態でも出来したから時間を憚らず電話をした、と云う事なのでありましょうか。
「そうね、未だ寝る時間には早いわね」
「何かあったのか?」
 頑治さんはそう訊きながら、ひょっとしたら夕美さんのお母さんの身に、良からぬ何かが起こったのかと心配するのでありました。
「ううん、何かあった訳じゃないけど、頑ちゃんが元気にしているかなって思って」
 あんまり切羽詰まった語調でもなく夕美さんがそう云うのを聞いて、頑治さんは一先ず胸を撫で下ろすのでありました。
「体調はまあまあだよ。今、コーヒー飲みながら新聞の求人欄を見ていたところだ」
「ふうん。と云う事は、未だ就職は決まっていないのね」
「そう云う事。何だかんだあってようやく今の今、その気になったところかな」
「何だかんだって、何かあったの?」
 今度は夕美さんが心配そうな気配を見せるのでありました。
「いやあ、つまりようやく一区切りついたような気になったと云う事だよ」
(続)
nice!(11)  コメント(0) 
共通テーマ:

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。