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あなたのとりこ 747 [あなたのとりこ 25 創作]

 土師尾常務は強い調子でそう云い切るのでありましたが、その必死さがどこか妙に痛々しいと頑治さんは感じるのでありました。
「ああそうですか。それならそれで良いですけどね」
 頑治さんは軽くあしらうように返すのでありました。
「で、そう云う憎まれ口を叩くところを見ると、僕のところに来る気はないんだね?」
「別に憎まれ口を叩いていると云う心算はありませんが、勿論常務のお話しに乗る気は綺麗さっぱりないですね、折角のお誘いではありますが」
 頑治さんはきっぱりとそう伝えるのでありました。
「判った。それじゃあこれ以上は時間の無駄だからこれで電話を切るよ」
「そうしてください。じゃあ、お元気で」
 頑治さんがそう云って受話器を耳元から離そうとすると、土師尾常務は頑治さんに先に電話を切られてたまるものかと、急いで自分の方から少し乱暴に受話器を架台に戻すのでありました。頑治さんは電話の切れる音を聞いてから、静かに受話器を架台に載せるのでありました。幼稚な仕業ながら、これもこの人のメンツと云うところでありますか。
 しかし、今になってまあよくも頑治さんにこのような仕事のお誘い電話を掛けてきたものであります。その間抜け具合に思い至らないのでありましょうか。
 いくら紙商事で居場所をなくしていて、早晩辞める事になるだろうからと、自分で今迄の経験を活かして新しい会社を立ち上げようとするところは、新たな活路としては然程不自然ではないでありましょう。まあ、成功するか失敗するかは別として。
 頑治さんとはしっくりいっていなかったのだし、幾つもの嫌な経緯もあると云うのに、そんな誘いに頑治さんがおいそれと乗ってくると本気で考えたのでありましょうか。頑治さんが仕事探しに窮していると考えてそんな頑治さんなら薄給でこきつかえると踏んで、弱みに付け込む魂胆で誘ってきたのなら、考えがお目出度いと云うのも程があると云うものであります。この人は自分が相手にどのように思われているのか、一顧もしないのでありましょうか。まあそうだから、こう云う事を仕出かすのでありましょう。
 そう云う人でありますから、ひょっとしたらこの後袁満さんにも無神経なお誘い電話をするのかも知れません。袁満さんにつれなくされたら、場合によっては均目さんにも電話を掛けるのかも知れません。まあ、苦手な那間さんにはしないでありましょうが。
 で、袁満さんにも均目さんにもまんまと断られて、折角温情からこうして誘ってやっているのに何と恩知らずな連中かと、逆恨みして眉間に皺でも寄せるのでありましょう。何だかその不愉快顔が今から見えるようでありますが、まあ、これはあくまでも頑治さんの推量で、あの土師尾常務でも流石にそんな事はしないかも知れませんが。

 さて、この土師尾常務からの電話で、頑治さんは何だか一区切りのような気がするのでありました。漸く贈答社関連の事態はこれにてけりが付いたと云う思いでありました。
 こうなれば愈々頑治さん本人の就職と云う訳であります。ここいら辺で竟に腰を上げる潮時だと云う事になるのかも知れません。
(続)
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