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あなたのとりこ 739 [あなたのとりこ 25 創作]

「那間さんの事だから、着実に就職活動をしているんじゃないのかな」
 袁満さんが自分の猪口にまた手酌で酒を注ぐのでありました。
「そうですね。那間さんは大学時代の友人とか先輩とか、その辺の交友関係も広そうだったから、その伝も頼って堅実に次の仕事を探しているでしょうね」
「もう、どこかに就職したのかも知れない。それこそ贈答社なんかよりも遥かに大手の出版社とかに。そうなれば返って、贈答社を辞めたのが吉と出た事になるかな」
 袁満さんはそんな推察を披露するのでありました。
「まあ、実際のところ、その後の動向はさっぱり知れませんけどね」
「そりゃそうだけど」
 袁満さんは自ら注いだ猪口の酒をグイと呷るのでありました。

 この池袋での酒宴で、後半に那間裕子女史の名前が出たのでありましたが、その女史から数日後に、不意に頑治さんに電話が掛かってくるのでありました。頑治さんとの間にすったもんだがあったのに、意外に屈託なく快活な声でありましたか。
「どう、元気にしている?」
「ええ、まあ、お陰様で」
「お陰様、と云われても、別にあたしは何も唐目君の元気に貢献していないけれどね」
 那間裕子女史はそう云ってケラケラと笑うのでありました。
「那間さんの方はどうですか?」
「別に唐目君のお蔭じゃちっともないけど、元気にしているわ」
 そう云う心算であったのではないでありましょうが、この那間裕子女史の科白は何となく頑治さんへの皮肉にも、聞こうと思えば聞けるのでありました。
「新しい仕事はもう見付けたのですか?」
「未だよ。それよりもあたし、来週の金曜日からケニアに行く事になったのよ」
 そう云われて那間裕子女史が長い事温めていたケニア旅行の計画を、頑治さんは思い出すのでありました。この間の何だかんだで、すっかり失念していたのでありました。
「ああ、ケニアですか、愈々ですね」
「そう。やっと行く事になったのよ。二週間のケニア旅行」
「一人で、と云う事ではないんですよね?」
「うん、大学時代からの知り合いで、一緒にスワヒリ語の学校にずっと通っていた友人と二人でね。云う迄もない余計な事だけど、それは女友達よ」
「そうですか。やっと念願達成と云う訳ですね」
「ここにきて失業しちゃったから、ちょっと懐具合が心許ないけど、好い加減踏ん切りをつけないと、何時になっても行く事が出来ないし、思い切ったのよ」
「次の仕事に就いたらなかなか二週間も休暇は取れないでしょうから、そう云う意味では今がチャンスと云えばチャンスですよね」
「まあ、そう云う事ね」
(続)
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