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あなたのとりこ 737 [あなたのとりこ 25 創作]

「要するに日比さんは同じ嘱託社員と云う立場で競争するなら、土師尾常務になんか絶対負けないと云う自信があると云う事か」
 袁満さんが自分の猪口に酒を手酌で注いだ後、頑治さんに徳利を差し向けるのでありました。頑治さんは自分の猪口を取ってその酌を受け、唇を濡らす程度に口に含むのでありました。袁満さんはその後また日比課長の猪口に並々と酒を注ぐのでありました。
「当然さ。あんな奴に負ける訳がない」
 日比課長は今度も一気飲みで猪口の酒を干すのでありました。
「それよりあの自尊心過剰な土師尾常務がよく、前の部下だった日比課長と同じ嘱託社員と云う自分の立ち位地を呑み込みましたよね」
 頑治さんがまたチビリと猪口の酒を口の中に入れるのでありました。
「まあ、社長に縋り付くしか、当面生きる術がないからね」
 日比課長が皮肉っぽく笑うのでありました。
「坊主に専念する、と云う選択はなかったのですかね?」
「それは無理々々」
 これは袁満さんが手を横に何度も振りながら云う言葉でありました。「あのインチキ野郎は自分で売り込んで、何度も頼み込んでようやく寺の副住職にして貰ったんだろうし、坊主としての修業も、徳も器量もさっぱりないヤツだから、そっちの道で食う事は出来ないだろうよ。お盆や命日の檀家回りだけじゃなかなか食えないだろうしね」
「坊主の方も嘱託、と云う訳ですかね」
 頑治さんがそう云うと袁満さんも日比課長も、持っている猪口から酒がこぼれるくらいに体を揺すって大笑いするのでありました。
「紙商事の嘱託社員としても、それに嘱託坊主、としても立ち行かないとなると、あのインチキ野郎の将来像はとても暗いと云う事か」
 袁満さんがどこか愉快そうに云うのでありました。
「営業マンとしても坊主としても、向上心もなく楽な事ばかりやって、結局は三流に甘んじていたから、そうなるのは自業自得というものさ」
 日比課長は突き放すような云い草をするのでありました。
「しかし日比さんの方も、安閑としてはいられないぜ」
「まあ、そうかも知れないけど、畑違いではあるけど一応、会社と云う組織の後ろ盾はあるし、何とかやっていくよ。常務とは違って目途が全く立たない訳でもないしね」
「ご家族もあるし、頑張ってください」
 頑治さんはエールを送るのでありました。
「甲斐さんはどういているんだろう。それに均目君とか那間さんとかも」
 日比課長が土師尾常務の事から話題を転じるのでありました。ここで不意に甲斐計子女史の名前が出てきたものだから、袁満さんは日比課長に気取られないようにではありますが少しおどおどする気配を見せるのでありました。
「夫々次の仕事を見付けようと心機一転、頑張っているんじゃないですかね」
(続)
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