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あなたのとりこ 735 [あなたのとりこ 25 創作]

「知りもしないくせに、そんな無礼な事を云うんじゃないよ」
 日比課長は憮然とするのでありました。「少なくとも土師尾常務なんかよりは信用があったと思うよ、俺の方が余程」
「それはそうだ。でもあのインチキ野郎と比べて、自分の方が信用があると云うのは、大して自慢にもならない事だけどね」
 袁満さんはせせら笑うのでありました。
「その土師尾常務は今後どうするんですか?」
 頑治さんが手酌で自分の猪口に酒を注ぐのでありました。
「俺と同じ身分だよ」
 日比課長も自分の徳利を取ると自分の猪口を表面張力一杯に満たすのでありました。
「と云う事は紙商事の嘱託社員と云う事ですね?」
「そう。仕事も俺と同じギフト営業と云う事になる」
「社長は土師尾常務を、役員として紙商事に迎えなかったんですね?」
「そんなに買ってはいなかったんだよ、あの常務を、元々」
「でもインチキ野郎から、社長にそれなりの働きかけがあったんだろう?」
 袁満さんはもう土師尾常務の名前をちゃんと呼ばず、インチキ野郎、と云う呼称で向後いくようでありました。恨みと嫌悪と軽蔑の深さが窺えるようでありました。
「そりゃあ勿論、社長は自分を役員として紙商事に迎えてくれるだろうと思っていたんだけど、そうは問屋が卸さなかった訳だ」
「ブツブツネチネチとインチキ野郎は、話しが違うとゴネたんじゃないの?」
 袁満さんがそう訊いてから近くに居る店員に日本酒の追加を頼むのでありました。
「まあそうだけど、贈答社を清算するとなったら社長の方が立場が圧倒的に上になるんから、嘱託社員と云う条件以外なら紙商事で雇わないとつれなく云われれば、土師尾常務としてはそれ以上逆らえない訳だ。役員として処遇してくれると目論んでいたから退職金の割り増しも要求しなかったのに、これじゃあ踏んだり蹴ったりと云う按配さ」
 日比課長は鼻を鳴らすのでありました。
「ま、そんなところだろう。あのインチキ野郎らしい結末だよ」
 袁満さんは痛快そうに哄笑するのでありました。
「そう云う事になると、日比課長と土師尾常務の二人で、これから先、お得意先の取り合いみたいになるんじゃないんですか?」
 頑治さんは店員が持ってきた新しい徳利の一本の首を取って、先ず日比課長の方に、次に袁満さんの順で酌をしながら訊くのでありました。そこで日墓課長が、話しの途中だけどちょっとションベンに行ってくる、と云いながら出来を立つのでありました。

 日墓課長がトイレに行っている隙を狙ってか、袁満さんが頑治さんに顔を近付けてグッと声量を落として囁きかけるのでありました。
「ええと、日比さんには甲斐さんとのことは内緒にして置いてくれよね」
(続)
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