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あなたのとりこ 734 [あなたのとりこ 25 創作]

「それより、風の便りに贈答社が会社解散になると聞きましたが?」
 今度は頑治さんの方が日比課長に訊くのでありました。
「そうなんだよ。結局社長の意向が通ったと云うところかな」
「そうなら、日比課長はこれから先どうするんですか?」
「俺もこれから再就職先を見付けると云うのも億劫だし、賃金が少しばかり下がっても会社に残る心算でいたんだけど、会社解散となればもう致し方なしだね」
 日比課長は苦虫を噛み潰すような表情をして見せるのでありました。「まあ一応、社長に頼み込んで下の紙商事で嘱託として働かせて貰う事になったけど」
「紙の営業をするんですか?」
「いや今迄の得意先との繋がりがあるから、贈答社の時と同様でギフト関係の営業をやるんだよ。贈答社オリジナルの商品はないけど、他社商品を使ってね」
「紙の営業はしないんですか?」
「うん。俺は紙の種類や値段の出し方とかは全く判らないからね。今更覚えるのも面倒臭いし。幸い贈答社時代の仕入れ先とも未だコネクションはあるし、そっちの営業の方があれこれ遣り方も判っているし、どうせ紙商事から本給は貰えないんだし」
「贈答社時代に少しは紙の事も勉強していれば良かったんだよ」
 ここで袁満さんが口を挟むのでありました。
「俺は出来上がった商品を売るのが仕事だったし、制作部でもないから、材料の紙の事とか印刷とか製本の事とかは特に知る必要がなかったからね。袁満君もそうだろう?」
「まあ確かに車の運転が出来ればそれで良かったんだけど、でも一応紙の大きさの規格とか寸法とかは勉強したよ。それに上質紙とかコート紙とかの違いもね」
 袁満さんは日比課長の贈答社時代の、怠慢と不勉強を少し軽侮するような目をするのでありました。頑治さんは袁満さんの、自分が仕事として扱っている商品に対する真摯さのようなものをこの言葉で初めて知って、ちょっと見直すのでありました。
「紙商事に行っても紙の営業はやらないで、贈答社の時と同じギフト関係の営業をやるのなら、敢えて紙商事の嘱託社員になる必要はないんじゃないですか?」
 頑治さんは袁満さんへの評価はさて置いて、日比課長に問うのでありました。
「俺もそう思うよ。どうして態々社長との腐れ縁にそんなに拘るのかねえ。紙商事から給料が出ないのなら、紙商事の嘱託社員になる必要なんかないと思うけど」
 袁満さんが頑治さんに同調するのでありました。袁満さんもその辺の日比課長の考えを怪訝に思うようでありました。
「別に社長との腐れ縁に拘っている訳じゃないけど、ギフト関連の営業をやるにしても、俺個人でやるより、一応株式会社の社員格としてやる方が、信用やら安心感やら、お得意さんの受ける印象が違ってくるからねえ」
「そうかねえ。俺はあんまり関係ないと思うけどねえ」
 袁満さんは日比課長の猪口に酒を注ぎ足すのでありました。「まあ、つまり日比さんは元々お得意さんの信用がなかったと云う事かな」
(続)
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