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あなたのとりこ 733 [あなたのとりこ 25 創作]

 夕美さんは頼りなさそうに呟くのでありました。
「そうなるさ。本当に近い内に」
「そうだと良いんだけど。・・・」
 夕美さんんはここで少しの間沈黙するのでありました。「それじゃあ頑ちゃん、また逢える日迄元気にしていてね。それから就職が決まったら連絡して」
「決まってからじゃなくて、その前でも近況報告の電話をするよ」
「そうね、あたしも頑ちゃんの声が聞きたくなったら、すぐに電話をするわ。でも声だけじゃあ、何だかつまらないけどね」
「そんなに先じゃなくて、また逢えるよ屹度。そっちかこっちかは判らないけど」
「そうね。あたしもそんな気がしてきたわ」
 夕美さんはここで努めて快活に云うのでありました。それから名残り惜しそうにさようならを云って、二人はほぼ同時に受話器を架台に戻すのでありました。

 この後も未だ頑治さんは本格的に就職活動を始めないのでありました。何となく気が乗らないのでありました。全く意欲的ではない気持ちで動き回っても、良い結果は招かないと云う云い訳で自分の怠惰を正当化するのでありましたが、まあ、そこのところは云い訳の分を差し引いて、二分くらいは当たっているような気もするのでありました。
 そんな折袁満さんから、久し振りに飲みに行かないかと云う誘いの電話が入るのでありました。別に断る理由も無いから頑治さんは気楽に誘いに乗るのでありました。
 お互いの最寄り駅から近いからと云うので、頑治さんは本郷三丁目駅から地下鉄に乗って待ち合わせ場所の池袋に出掛けるのでありました。
 袁満さんから指定された池袋演芸場に近い居酒屋に行くと、入り口の傍の席に居る袁満さんをすぐに見つけるのでありました。席にはもう一人袁満さんと差し向かいで座っている仁が居るのでありました。それは日比課長だとすぐに判るのでありました。
「袁満君が唐目君と飲むと云うんで、俺もついてきたんだ」
 日比課長は頑治さんが椅子に腰を下ろす動作の途中で云うのでありました。
「ああそうですか。お久し振りです」
「どうだい、次の仕事は決まったのかい?」
「いやあ、未だ全然決まってはいないですよ」
 頑治さんは先着の二人が日本酒を飲んでいるのを見て、自分も熱燗と、それに当てとして枝豆と冷や奴を注文するのでありました。
「袁満君のように、どこか職業訓練校にでも通っているのかい?」
「いや、俺は会社を辞めてから未だ一度も、職安にも顔を出していないです」
 頑治さんは店員が持ってきた猪口を取って日比課長の酌を受けるのでありました。
「随分悠長にしているんだなあ」
「まあ丁度良い機会だから、ちょっと故郷に帰ったりしていたものですから」
「ああ成程ね」
(続)
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