SSブログ

あなたのとりこ 732 [あなたのとりこ 25 創作]

「頑ちゃんが傍に居てくれたらって思うわ。あたしお母さんを見ていると時々すごく落ちこむの。頑ちゃんに何時でも逢えるんだったら、あたしはこんなにめげなくて済んだかも知れないなんて思うの。まあこれはあたしの自分勝手な願望なんだけど」
 夕美さんにこう云われて、頑治さんは悄気るのでありました。矢張りもう少し夕美さんの傍に居てあげる方が良かったようであります。暇は充分あったのに、さもしくも懐具合を気にしてこうして東京に戻って来た自分を、頑治さんは自責するのでありました。
「ご免よ。夕美にそう云われると、何だか自分が無神経でけしからぬ事をしたような気になるよ。今更後悔しても仕方がないけど」
「ううん、そんな心算で云ったんじゃないのよ。頑ちゃんには頑ちゃんの都合があるんだから気にしないで。今のはあたしのは身勝手な愚痴なんだから」
「若しどうしても、と云うのならまたそっちに戻っても構わないけど」
「そんな必要はないわ。本当にあたしの事は気にしないで就職活動に勤しんで頂戴」
 夕美さんは努めて快活に云うのでありました。
「いや本当に。夕美が苦しいのなら俺はそっちに行くよ」
 そう云いながら頑治さんは頭の隅で金銭勘定をするのでありました。かなり苦しいのは実状ながら、もう一度向うへ行くとしても、何とかかんとか遣り繰り出来ない事もないでありますか。いや、夕美さんが望むのなら、若し遣り繰りが叶わないとしても、寧ろ借金してでもここは夕美さんの傍に行ってやるべきでありましょう。
「ううん、いいの」
 夕美さんがきっぱり云うのでありました。「本当にいいのよ。頑ちゃんに無理をさせても今度はあたしの方が辛くなっちゃうもの」
「本当に大丈夫かい?」
「大丈夫。余計な心配させてご免なさい」
 夕美さんは消えも入りそうな声で謝るのでありました。
「どうしても必要なら、遠慮しないで来いと云ってくれて良いんだよ。夕美のためなら俺は何時だって駆けつける用意があるんだから」
「うん、有難う。でも当面は本当に大丈夫だから」
「そうか。そう云うのなら、一応判ったよ」
 頑治さんはこの言葉が不躾に響がないように気遣いながら云うのでありました。「そう云えば博物館の仕事で、夕美の方こそこっちの大学に来る予定はないのかな?」
「ない事もないんだけど、母の事があるから事情を話して、東京出張は勘弁して貰っているのよ。本当は大学院の考古学研修室に行きたい用事もあるんだけど」
「ああそうか。それはそうだよなあ」
「まあ、母が病院を退院出来て、容態が安定したら行く心算なんだけど」
「そうか。まあ、近い内に屹度そうなるだろうから、その時にまた夕美の顔を見るのを楽しみにして、俺も職探しに精を出すよ」
「近い内に、そうなるのかしら、ねえ。・・・」
(続)
nice!(9)  コメント(0) 
共通テーマ:

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。